奇跡の星

はじめに(言い訳)

昔から僕はSFが大好きだった。今でもジュールベルヌの「神秘の島」は思い返すし当時は何回も読み返した。ハリウッドのSF物は大好物だ。ただしSFはサイエンスフィクションなのであってあくまでも切り口は科学ではなくてはならない。そうは言っても僕に天文学や物理学の知識等、雑学本で読んだ程度の知識しかない。これは困った。でもそうやって敷居を高くする事でせっかくの僕のモチベーションが低くなってしまうのも悔しいし、そうだこれはSFでは無い。空想小説だ。あっ!今気が楽になった。よしなんとか書こうという気になった。なのでこのお話はあくまでも空想です。リアリティーは当然必要なのだろうからそこは精一杯努力する。でもドラえもんの道具をありえない~といって切り捨てるのもどうかと思う。要はそのレベルな訳である。どうかご勘弁を。またこうしたらもっとリアリティー出るよ。と気付いた専門家の方がいらっしゃったらなんなりとご指摘下さい。読者が何人いるのかも分からずにこんなお願いもどうかと思うが。

 

 


第一話 始まりは突然に

西暦2027年 天文学者 狩野 琢磨(28歳) は小規模だがワームホールを作る

装置の開発に成功し、フィアンセ 小泉 美和子の見守る中、自身の研究の集大成と

言えるその装置の発表を日本物理学界の150周年シンポジウムの会場で発表していた。

 

「今回、私の発見し、開発した装置は、光のスピードを超える宇宙船は開発出来ないという事を証明しただけで無く、長年宇宙の孤児と自身を嘆いていた我々人類に一筋の光を差してくれる事でしょう。これは遠くのある地点に時間を一切掛けずに移動する事が出来る装置です。更に移動に当たってはX,YZの座標軸で指定しますが、これにもう1つ時間という軸を与えればきっとタイムスリップも可能でしょう。」

 ここで狩野は逸る心を落ち着かせたかったのか、ゆっくりと会場内を見回した。

 

「ですがそれにはもう少し時間とお金が掛かりそうです。タイムスリップは現状無理ですが、この装置は、アニメの世界で良く見かけるワープというものが理論的にも可能だと実証出来る唯一の装置と言えるのです。また、この装置の画期的な点は時空の歪みを発生させるのに大きな動力源を必要としない点です。また弱点としては大きなワームホールを作る規模には至っていない点です。それは宇宙船がワープするようには大きな構造物は移動出来ないことを意味しています。それではスイッチを入れてみましょう。皆さんどうか前までお越し下さい。」

 

「ではスイッチを入れます。この上下の蛇口の様な物同士をつなぐ竜巻のような渦が

 

そこに表れます。そしてそれがワームホールである事の証明は、まずこの装置の受け

皿からこのボールペンを瞬時に、あちらのスクリーンに映し出されている別会場まで移動させます。これをマジックと疑う方も当然いらっしゃる事でしょう。」

 

狩野は自らのスーツから1本のシャープペンを出した。

 

「この中にどなたかの毛髪を入れて頂きたいのです。どなたかご協力いただける方いらっしゃいませんか?」

 

すると初老の身だしなみの整った男性が手を上げた。

 

「わしが協力しよう。」

 

少し驚いた顔をしながら狩野は

 

「お、大月教授、まさかあなたが」と動揺は隠しきれないまでも冷静を装った。

その男は狩野の大学時代の恩師だったが、その研究室で助手を務めていた時代に意見の食い違いから狩野はその研究室を飛び出していた。

 

「今日はまさかお越しいただけるとは、以前にご迷惑をお掛けしました。でも僅かばかりの成果かもしれませんが、何とかこうして実験を公開出来るレベルにまで仕上げて参りました。では1本で結構です。頭髪を1本いただけませんか?」

 

頭髪と聞いて一瞬たじろいだようにも見えたが大月は無造作に決して髪の豊富とは言えない頭から1本の毛を引き抜いた。

 

「これでいいか?」

 

「結構です。ありがとうございます。」

 

狩野は大月に一礼した後、さっと壇上に戻った。

 

「では皆さん、今大月教授よりいただいた頭髪1本をこのペンの中に入れて、あちらの別会場に移動させてみます。まだ疑う方がいらしたら、まだ髪の毛程度であれば、入りますがどなたかいらっしゃいますか?」

 

会場の様子は、そんな口上はいいから早くやれという雰囲気だった。

 

「で、では早速入れてみます。ちなみに教授はセキュリティーカード(国民総背番号制の時代だ。そして国民一人一人のDNAが個人を識別する暗証番号となる。そしてDNA現在で言えばQRコードのように暗号化され、かつ瞬時にリーダーで読み取れる。)はお持ちですか?」

 

教授は黙って肯いた。

 

「では早速、このペンをこの装置に落とし入れます。するとあちらの会場にも同じ装置がありますが、実験が成功すればあの装置の下からこのペンが出てくることでしょう。」

 

一瞬息を整え
「では皆さんもう少しお近くにどうぞ。」と勿体つけるように言った。

 

場内は瞬時にピンと張り詰めた空気で満たされた。皆の目の動きは、狩野の全てのインチキを見破ってやろうと目を見張り、また狩野の実験が成功する事を妬む研究員もいるのであろう。そんな静けさの後その時はあっと言う間も無いほどの刹那に起こった。

 

「では、」

 

狩野がペンを肩の高さまで持ち上げた、

 

「落とし、」

 

その時、ワームホール発生装置の上部からワームホールがまさに虫のようにクネクネと素早く上に立ち昇った。

 

「ま、」

 

それは小さな竜巻のようにも見えた。それはロートのようにすり鉢状になり狩野を飲み込んだ。そしてまた吸い込まれるように狩野ごと元の装置へ最後に狩野の言葉を残しながら収まった。

 

「す。」……

 

一体何秒間の沈黙だったのだろう。場内は緊張の糸が途切れることなく静けさを保った。

 

この時間は誰もが1時間や2時間程の時間に感じていたのだろう。それ程今回の装置の暴走は唐突でしかも瞬間的に暴走し、そして静まった。最初に声を発したのはフィアンセの小泉美和子(28歳)だった。

 

「キャー!!」と一声発しその場で頭を抱えうずくまった。


第二話 永遠の誓い

シンポジウムの前夜、二人は会場近くの旅館の一室で食事をとっていた。

「いよいよだな、明日で俺の研究の成果を公にやっと出来る。だが物理だけでなく、天文学の権威でもある大月教授には来ていただけないのだろうな?来てくれればハクが付くんだけど。」

 

「それは分からないわよ、あなた達は良く言い争っていたけど、決して教授はあなたを馬鹿にしたような言葉は言わなかったわよ、むしろ1研究員としては充分に買っていたんじゃないかしら?」

 

「そうかな~、俺それは自信ないけど、あの研究室での経験が無ければ今の僕は成り立ってないよ。心から感謝してる。」

 

狩野は一通り平らげた後、おもむろに

「美和子、明日の実験が成功したら、俺達きちんと籍を入れないか?」と言い放った。

 

美和子はあからさまにむっとした表情をした。

 

「何よそれ、プロポーズのつもり?もう少し言い方ってものがあるでしょう?いくら学者で研究一筋だからって、そのプロポーズの台詞と段取りはないじゃない、こういったものは雰囲気が大事。はい、もう一回やり直し。」

 

「え!もうい、一回?!」

 

一瞬黙った後、美和子はニヤっと笑った。

 

「馬鹿ね、あんたと何年付き合っていると思っているの?あなたがそんなに上手にモノを言えないことくらい重々承知よ、ただ皮肉を言いたくなっただけ。」

 

「そ、そうか~良かった。俺論文みたいに決められた物を読むのはいいけど、アドリブは…」と何日使っているか分からないハンカチで汗を拭いた。

 

「も~分かったから、そのアイウェラブルPC(この時代ではドラゴンボールのスカウターの形状をしたコンピューターを目に付け常に情報を収集し、発信していた。)を外しなさいよ。私はそれ嫌いなの、更にいうとプロポーズするときにそれを付けっ放しっていうのも聞いたことが無いわよ。」

 

「ご、ごめん、そんなに怒るなよ。でもな俺もこれどうかと思うよ、最初は片目を

つぶらないとスイッチが入らなかったでしょ?、最近の若い連中は、左右別の方向に

 

 

 

目を向けるとスイッチが入るバグが見つかってからは、歩きながら右目で現実社会の情報を、左眼でPCの情報で仮想空間の情報を片目つぶらずに操作出来る奴が増えてきただろ?」とたじろぎながらも話をそらした。

 

「あれって人間の基本は両目で1つの対象物を捕らえるように出来ているのにさ、明らかに外観で反り目になって歩いている奴いるぜ、あれって奴らに言わせりゃリアルと仮想のハイブリッドって言うけど、俺にしてみればゲテモノだし立派なモノビジョンだね。」

 

「そういうあなたがこの席で、何で着けっ放しなのよ。」

 

「ま、ま~そういうなよ、悪かったからさ。」

 

謝りながら狩野は、PCを折りたたみポケットにしまった。そして昨日借りてたハンカチを返すように何かを別のポケットから出した。

 

「あ、そうそうこれ。」

 

それは小さな箱をだった。

 

「何よこれ。」

 

「ま、いいから空けてみなよ。」と威張り気味に言い放った。

 

「何よその態度、今日はいちいち腹立つ…あっ」

 

美和子は会話の途中で押し黙った。

 

「どうした美和子、駄目か?それ天然物だぞ、でもごめんそのサイズが精一杯だった。あれ?何で泣いてるの?」

 

テーブルに置いてあるナプキンで美和子は涙を拭いた

 

「若い頃から研究一筋で研究所にあまりにも居座りすぎて研究所の便所虫といわれ、食べるものも摂らずにPCと向かい合ってばかり、その生命力の強さはゴキブリに匹敵する、と言われていた琢磨がまさか、こんな素敵なプレゼントを…」

 

「おいおい、誉めるかけなすかどちらかにしてくれよ。」と嘆いた。

 

「でもありがとう、こんな私ですがこれからも宜しくお願いします。」

 

美和子はまだ涙も乾かないが、今まで見せた事の無い笑顔で

と深々と頭を下げた。

 

 

琢磨のプレゼントしたダイヤはこの時代では技術的には簡単に人造ダイヤが本物と遜色なく、いやむしろ、むらの無いという意味では本物以上の輝きを放つ石が容易に作れる、だがそれでも人間とは不思議な物で、天然と言われるものに昔から弱い。そしてその琢磨からの精一杯の贈り物は、美和子の薬指で自然の石特有の優しい光を放ち、美和子の周りをオーラのように優しく包み込んだ。


第三話 気付くとそこは

「う、う~ん。」

 

狩野は気付くと芝生の様な雑草の生えた地面にうつ伏せで倒れていた。

 

「何故、芝生の上に、どうして外に居るんだ。」

 

身体を起こし、周囲を見渡すと、広い公園のようだった。しかもまだ朝靄も煙る早朝のようだ。狩野は身体に異常が無い事を確認し、やや重い腰を上げ立ち上がった。

 

「ここはどこだ、確か公開実験の最中だったはずだが。」

 

狩野は状況を理解する前にゾクッと寒気がした。

 

「強盗にでもあったのか?何かクロロフォルムでもかがされ拉致でもされたのか?」

 

ハッと気付いた狩野は身ぐるみ剥がされていないか、スーツのポケットをチェックした。財布はある。ちなみにこの時代は、DNAデーターが織りこまれたセキュリティーカードで何でもお買い物は出来たが、狩野はこの時代では殆ど流通していない「現金」を持たないと落ち着かない性分だった。

 

「良かった~」

 

狩野はとりあえずこれで家には帰れると思った。その他にポケットに入っていたのは、アイウェラブルPCとハンカチそして足元を見ると、大月教授の髪の毛を入れたシャープペンが落ちていた。それを胸ポケットにしまい、PCを装着し軌道した。

 

「ナンシーおはよう。」

 

このPCの名前で何度美和子と喧嘩になったことか、だが狩野はこのPCの名前をいたく気に入っていた。このPCの操作は全て目線で行う。左上にある軌道ボタンを狩野はクリックした。なんの起動音も無くソーラー発電のPC、ナンシーは立ち上がりGPSナビのアプリを起動する。

 

「一体ここは…」

 

狩野はモニターを注視した。

 

「あれ?」

 

狩野は素っ頓狂な声を上げた。

 

「現在地不明って…ナンシー頼むよ、最近確かに手荒に扱っていたけどさ~」

 

狩野は上手く立ち上がらなかったのかと思い再起動した。ネットにも繋がっていないし、電波も拾っていなかった。電源を入れ直しても状況は何も変わらなかった。ではとりあえず美和子に電話して無事を伝えるかと狩野はPCの電話を起動させて美和子のPCに電話した。ところがつながらない。

 

「どうゆうことだ?何かのショックでナンシーが故障したのか?今時地球上のどこだろうと電話の繋がらない場所はないはずだ。」

 

仕方ないと狩野はとぼとぼと公園の脇にある歩道を目指した。だがどちらに向かえばいいのか?狩野は何か目標を探したが、だだっ広い公園のようで目印になる大きな構造物は見つからないし、またまだ早朝のようなので人の姿も見当たらなかった。狩野は歩道脇に落ちている枯れ枝を拾い、歩道に突き立てた、そして手を放すとその木の棒は右に倒れた。

 

「よし、レッツピクニック!」

狩野は先ほどよりは少し元気を出し、先ほどの枯れ枝を杖のように使い、枯れ枝の倒れた方へ歩き出した。

 

「あれ?俺どんだけあそこに倒れていたんだ。」

 

と思い、そして今更ながら狩野はナンシーのモニターの時計を見た。

 

「日付は変わらず2027年か、シンポジウムを開催したのが62日の確か14時だったな。」

 

現在の時計は1438分を指し示していた。

 

「それ程あそこにいなかったんだ。」

 

狩野はもう一度混乱しかけた頭を整理するかのように歩道の同じ場所をぐるぐる回りだした。

 

「おれの実感としては、もう少しあそこに倒れていたような気がするが、だが会場近

くに、たかだが30分程で来られるこんな大きな公園は無いはずだ、しかも今俺が見ている光景は早朝のように見えるが…。」

 

会場は東京のど真ん中だった。

 

「ここは皇居か?」

 

狩野はあたりをもう一度見回した。だが360度どこにもそびえたつビルのようなものは1つも見えなかった。

 

「とりあえず俺をここまで運んだ奴は何が目的だ?金品じゃないことは持ち物が何も減っていないことから明らかだ…そうかあの装置の発表を阻止し、俺の成功を妬む奴らのしわ…」

 

言いかけて狩野はぞっとした。

 

「もしあの装置が暴走したとしたら?俺は地球上のどこにでも瞬時に移動出来る。ならばこの状況は理解出来る。」

 

狩野は何とか言葉が通じる程度の場所ならいいけどな、と気軽に思った。その時、進行方向の数百メートルか先に二人のジョギングをしている人影が見えた。

 

「助かった、とりあえず道を訊ける。」

 

狩野は小走りにその二人に近づいた。その二人の前方で大きく手を振り止って欲しいと伝える。

 

「こ、こんにちは?」

 

その二人の風貌をみて無理だろうなと思いながらも先ずは話しかけてみた。その二人は白人の女性らしいが白人にしては珍しい黒髪だ。そしてジョギング中の為か、軽量でシンプルなサングラスと通気性のよさそうな衣服で身を包んでいた。二人は怪訝な顔をして狩野を見る。

 

「ハ、ハーイ。」

 

狩野は一応中堅クラスの研究者で海外でも研究会に呼ばれる事は頻繁に有った。その為、この時代の公用語である英語は勿論、ドイツ語、フランス語までは流暢に話すことが出来た。だがこの二人には一切通用しない。結局、二人は少し怒った顔をして走り去った。

 

「今時英語が通じないって…。」

 

先ほどとは打って変わって力なく歩き出した。

 

「とりあえず公園を出よう。」

 

狩野はとりあえず歩き続ける覚悟を決めた。歩き出すと狩野は不思議な事を感じる。なんと清々しいのだ。

 

「空気が美味い。」

 

 

こんな思いは久しぶりだ。地球では21世紀に入ってからは、環境対策はとっていたが、大気は汚染され、化石燃料は、埋蔵量は減るどころか技術の進歩によって深海から大量の石油やメタンハイドレートを人類に供給し、相変わらず排気ガスを出す車や飛行機が飛んでいた。だが太陽光や風力、地熱を利用した発電方式の普及により、それでも二酸化炭素の排出量は2000年と比較し半分以下にはなっていた。また国際情勢を見てみると、中国、ロシア、トルコ対インド、EU、アメリカの冷戦構造は相変わらずで一触即発の状態は続いていた。そして地域紛争の裏にはこの列強のスパイが暗躍しているともっぱら噂されている。そして日本では中国と米国のご機嫌をとりながら綱渡りのような政策を取らざるを得ない状況だった。そう、地球は第3次世界大戦開戦前夜の様相を呈していた。


第四話 地下4500m!?

それから狩野は、とぼとぼとあてもなくところどころ雑草が顔を出すあまり整備されていると言えない歩道を歩いていた。すると遠くから屈強な男性が56人程小走りでこちらに向かっているのが見えた。しかも先ほどの女性達と同様にサングラスを掛けていた。狩野は今度こそと思い、無人島での遭難者のように飛び上がりながら大袈裟に手を振った。すると先ほどより更にスピードを上げてその無表情な男達は狩野に向かって走ってきた。

 

「今度こそ何とかなりそうだな。」狩野は心の中で安堵した。

 

だがその安らぎは一瞬にしてかき消された。

 

「○!△%□■!!!」

 

その意味不明な言葉を発した男達は、狩野に近づくやいなや狩野の両腕を後ろに回し狩野をうつ伏せに押し倒した。

 

「ちょ、ちょっとまってくれ!」

 

狩野は叫ぶが、その連中は一向にお構いなしだ。そして狩野は目隠しをされ、その男達に引きずられるようにしてどこかへ連れて行かれた。、

 

「乱暴な国だな、余程独裁者がこの国を牛耳って民衆を押さえ込んでいるんだな。だが通訳がそのうち出てくるだろう。その時説明すれば分かる。だって俺はそこを歩いていただけだぜ。ましてやそいつ(独裁者)の悪口1つ言ってない。」

 

と狩野は心中楽観的だった。

 

「こういう楽観的な所も美和子をイラつかせてたな。」

 

狩野はクスっと笑った。そして15分程引きずりまわされたのであろうか?その男達は狩野をエレベーターのような狭い構造物に乗せ、乗っている感覚だと、多分地下に降りた。

 

「長いな。」

 

3分程経っても狩野はそのエレベーターの中に居た。

 

「確か分速1500メートル程が最高スピードだった筈だ、3分乗ったら地下4500メートル!?えらい深いな。」

 

狩野はブツブツと呟いた。

 

100m潜れば23度熱くなるのが平均値だ。それが4500メートル?2度だとしても90度!そんな環境に人が住める技術は日本には無かったな。相当の技術先進国だ。」

 

そしてどうやらその目的の階に着いたようだ、エレベーターのドアは一切の音をたてずにその扉が開いた。そしてまた狩野は男達に引きずられるように両手を抱えられながら連れて行かれた。そしてどこかの部屋に入った事は、まわりの雰囲気で感じ取った。そして後ろ手に縛られた手は狩野の腰掛けた椅子に固定された。そしてその男の一人が狩野のマスクを取り、そして皆ニヤリともせず、その部屋を去った。

 

「どう見ても犯罪者扱いだな、もう少し優しく扱えっての、俺は体育会系じゃないんだから。」

 

そして周囲を見渡し狩野はぼそぼそと呟いた。

 

「窓も無い、そして照明らしきものも無い、だが天井全体が薄ぼんやりと光って充分な光量が確保している。この照明を見てもまだどこの国かヒントにはならない。先ほどの男達が出て行った扉も開けるスイッチがあるだけだ。椅子は何しろ座り心地がいい。面圧分布がしっかり計算出来ている。うちの家にも欲しいな。美和子は腰痛持ちだったからきっと喜ぶぞ。」

 

そして狩野の前にはガラスかアクリルと思われる透明度の高いテーブルが有った。

 

「これも良い品だ、この国の独裁者は、センスはあるようだな。」

 

だが研究の為、旅慣れた狩野でも、この一連の品々を見てどこの国だかさっぱり判断がつかなかった。

 

 

しばらくすると、音のしない自動ドアが開き、先ほどの男達とはうって変わって、物腰のやわらかそうな一人の男が入って来た。


第五話 赤い月

その初老の男は、俺とコミュニケーションを取りたいという意思は伝わってきた。だが何を言っているのかサッパリ分からない。俺も知っている限りの言葉でコミュニケーションをとろうと努力したが、それも一切通じない。研究学会で様々な国へ言ったがたいがい片言の英語は通じる物だというのが俺の常識だったが、それも覆された。それでも笑顔だけは伝わったし俺を敵だとはなんとか感じなくなったが、それでもやはり軟禁された。表の扉の前にはガードマンが居るらしい、気配は感じる。そして次には学者風の男達が3人入ってきた。そして手帳のような物を小脇に抱えている。翻訳機らしい。その国の現在過去全ての民族の言語が入っているようだが様々な言葉で俺とコミュニケーションを取ろうとしているのは分かるが一切何を言っているのか分からない。

 

「誰か!英語が話せる奴はいないのか?イングリッシュプリーズ!!」

 

狩野はこのように持てる限りのボキャブラリーを披露したがどれも通じなかった。

 

そして何日かが過ぎたある日の夜、1人の女性が外へ散歩に連れて行ってくれた。

勿論、手には手錠のようなものがつながれてはいたが、そしてふと狩野は空を見上げた。

 

「綺麗な空だ。こんな空は生まれて初めて見た。確かハワイの天文台のあるマウナケア山の山頂からの星空でさえもこんなに綺麗ではなかった。」

 

それは星々が敷き詰めらたかのような空で、夜なのに眩いばかりだった。

 

(…ちょっと待てよ。)

 

狩野は何か違和感を覚えた。天体の配置がいつも見慣れたものではない。もう少し詳しく言うと、北斗七星と南十字星が天空の両サイドに居座っているのだ。

 

(ここは赤道直下!?いや6月の赤道直下でこの気温はありえない。)

 

気温から考えると、特に高地に来てる訳でもないようだ。しかもいつも見慣れた配列にその二つの星座はなっていなかった。ほんの少しひしゃげたというのだろうか?ほんの少しだが歪んだ形をしている。またその他の星座もあまり変わらない物もあればなんだか分からない星座まである。

 

「もしや?そうなのか?嫌、信じられない。」

 

狩野は押し黙った後に呟いた。

 

「俺はワームホールを通り、時空を飛び越え別の惑星に来てしまったのか!?」

 

 

そういって振り返った狩野の眼前には地球の月とは到底思えない赤く少しいびつで大きな月があった。


第六話 疑問、疑問、…疑問

そう、狩野は地球から遠く離れた惑星系にワープしてしまったのだ。だが狩野は複雑な心境だった。それは研究の方向性が間違っていなかっただけでなく、少なくとも人一人を何光年先かは分からないが、別の惑星に送る事が出来る装置の開発が可能であると身を持って証明できた事を意味しているからだ。

 

「だが、美和子は?あいつはどこだ。俺はあいつと今日籍を入れようと約束したばかりだぞ。」

 

それは二人にとってあまりに惨い仕打ちであった。だがここからが、狩野のらしさが垣間見える所だ。

 

 「そうなのか?ここは他の惑星だったのか?!だから英語も通じず、誰もが皆変わったサングラスを掛け、俺は軟禁されているのか?」

 

だとすれば話は早い、方針も決まるであろう。また天体の配置から推測するに地球からそう離れていない事が推測できる。狩野は腹を括った。この気分転換の速さが狩野の持ち味で強みだった。この日から狩野は地球帰還計画を練ることになる。だが狩野の目の前にはそれよりも先にこの惑星の住人とのコミュニケーション法の確立の方が優先順位は上位で急務だった。そしてこの惑星人はいつも一人の女性を狩野の側に置いた。そして彼女が監視係兼、国語の先生、そして俺に変な気を起こさせない為の癒し係だった。実際に彼女は美しかった。いやそんな言葉で表現することすらおこがましく感じる程に崇高な気品さえ漂っていた。だが狩野はその風貌に臆することなくなんとか彼女と意思疎通出来る方法をさがしていた。狩野は自身を指差し、

 

「カノウタクマ」

 

と声を発した。そして次に彼女を指差した。彼女はクスッと笑いながら「

 

ナザレ」と名乗ってくれた。

 

「ナザレ?」狩野が繰り返す。

 

そしてやはり彼女はニコッと笑って肯いた。それからは次にお互いが覚えた言葉は

 

「コレナニ?」で、

 

彼女はいちいち丁寧に狩野の質問に答えた。そして狩野は彼女といる時には比較的焦りというものを感じなくなった。狩野は、この星に来てからナンシーに日記を付ける事にしていた。ナンシーではメモ書きモードにしておけば、口から発するだけでそれをテキストにして保存してくれる。それがこんな所では途方もなく役に立った。その日記の中で彼は科学者らしく記録し、分析した。そして覚えた単語は全て新しく辞書に登録した。

 

7/15この星の言語は、いやこの星全体の言語が統一された言語かどうかは分からないので、この国の言語と言った方が正確か?なにしろ聞いている限りは日本語やスペイン語に近い。母音はアイウエオしかなく、そして滑らかに話すというよりはしっかりと区切って発音する。だが文法上は英語に近い、①私、②読む、③本を、④今日 この順番で話せば分かりやすいようだ。ただ未だ文字と言うものを見た事がない。この星では地球の紙のような媒体で記録し保存する習慣がないのか?また無いだけで無く、文字すらあるのかどうか疑わしい。それ程俺はこの国で文字を見たことがない。」

 

またある日の日記ではこうも書いていた。

 

7/18 今日もナザレは地上に散歩に連れて行ってくれた。地上には殆どが植物で満ちていて人造構造物と言えば、人が歩く程度の舗装路があるだけだ、鉄筋コンクリートの様な構造物は皆無だった。このように何故、この星いやこの国の人は地下に住んでいるのか?ナザレとはそこまで深い話は出来ない。だが1つ言えるのは、地上の空気は美味く、車や電車、飛行機等の大気を汚すような乗り物は一切見たことが無い。ただ広大な森や公園のような土地が見渡す限り続いている。人間は何らかの理由で地下に引っ込まなくてはいけない状況になっているようだ。また地上に出る時は必ずナンシーを外され、例のサングラスをつけさせられる。これも紫外線が強いとか理由があるのだろうか?」

 

 

そして狩野のこの星のボキャブラリーが1000を越える頃、事態は急展開する。


第七話 日本語だ!

ある日、狩野の前に通された一人の小柄な男の風貌を見て驚いた。例のサングラスを掛けている以外は、そっくりそのままインド、いやチベットか?ともかく仏教の黄色い糞僧衣をまとったお坊さんの姿そのものだったからだ。そしてその男は私にテレパシーと更に日本語で話し掛けて来た。

 

(通訳が居ないのでこのような形で失礼する。目の前にいる男が君に話しかけている。)

 

狩野はキョトンとしながらそのお坊さんを指差した。

 

(そう、私だ。私はこの星で修行をしている僧侶だ、また、この星では坊さんが政治に深く関与している。何故ならこの星では、科学と精神世界が密接に関わっていることが皆の周知の事実となり、困った事の相談は、政治家や科学者よりも余程私の様な坊主のほうが手っ取り早いのだ。そして私はこの星の代表を任されている。君達の星で言えば大統領とでも言えばよいか。だがまさか他の星から突然人が振ってくるとは思わなかった。何故この星に、どうやって来たのだ?)

 

狩野は気付くと泣いていた。まさか日本語が聞けるとは思っていなかったのだ。いや正確には耳で聞いた訳ではなかった。だが狩野は自身が物理学を研究する科学者であること、その実験の最中に装置が暴走して多分飲み込まれたのだと思う事。そして気付いたら地上で倒れていた事を、堰を切ったように頭の中から伝えた。

 

(そうか大変だったね。知らない星に一人で飛ばされてさぞかし驚いたことだろう。でも心配なさるな、まず今後は琢磨君にはこの星の言語を勉強していただく、そして君達の星の言語の辞書を作成し、我々に提供していただけないか?それを私達の翻訳機にインプットする。それで誰もが君と会話出来るようになる。どうかな?)

 

(勿論、僕に出来ることは何でもします。)

 

狩野は自身の左眼を指差しながら

 

(辞書はこのナンシーに入っているのでそれをアウトプットすればいいと思います。)と伝えた。

 

(そうかでは、今日は休みなさい。疲れただろう。あ!そうそうこの星の住民登録をしてもらえないかい?そうすれば君の手についている煩わしい物を外してあげる

 

よ。ただし、登録した場合にはそのナンシーの変わりにこの星のPCを身に着けてくれたまえ、それで君の居場所は基本的には常に監視される。ただしそれはこの星では全ての者にイコールコンディションだよ。勿論私もね。)

 

狩野は一瞬躊躇したが(分かりました。では手続き方法はどうしたら?もし僕が悪い人間だったらどうするのですか?)と意地悪だが正直な質問をぶつけてみた。

 

大統領は笑いながら

 

(君が悪だくみを考えているかどうかは君の纏っているオーラを見れば分かる、ま~そう急くな。明日の朝にナザレを使いによこす。彼女に聞いてくれ。)と答えた。

 

(分かりました。あ!大統領まだお名前は聞いていなかったですね。)

(それは失礼した。私はブッダという名だよ。)

 

(ブ!!)狩野は言いかけて口を押えた。

 

(おやどうした?どこかに同じ名前で知り合いでもいたかね?)

 

(いえ、偶然僕の星にもその名の有名人がいたものですから。)

 

(そうか、それは光栄だ。では失礼するよ。)

 

(はい、色々とご配慮ありがとうございます。)

 

(なんの。)

 

軽く手を上げ、挨拶をしてブッダは去っていった。

 

(偶然!?僧侶でブッダ!?仏の生まれ変わりだというのか?どれだけ離れているかは分からないがこの星で!?)

 

 

狩野はまた混乱した。


第八話 星を知る

翌朝ブッダの言うとおりナザレが迎えに来た。ナザレはナンシーを指差し貸してくれと言っているようだ。そのデーターを提供する約束をしたので加納はPCを外した。

 

「ナンシー、ちょっとの間寂しい想いをさせるぜ。」と軽くキスした。

ナザレはいつものように微笑んだ。そしてナザレに連れられ狩野は地下のとある1室に通された。

 

そこでは地球でいう高濃度酸素カプセルのような形状をしたケースの中に人達が横たわっていた。そして一切の音の無い部屋の中にいる受付の女性が一人ナザレと会話している。一通りの手続きは済んだようだし狩野に新しいサングラスを手渡された。

 

「これがPCだったのか?ナンシーより余程スマートだ。あ!ごめんよナンシーそういう意味じゃないんだ。」

 

狩野はナンシーに情けない言い訳をしながら、通常の眼鏡を掛けるようにサングラスを装着した。

 

「あれ、画面上にスイッチが1つも無いぞ、起動してないからかな?」

 

困った顔をしてナザレを見た。ナザレは身振りで俺に待てと言っているらしい。そうだな操作方法はブッダに聞いたらいい。それにこの国の辞書もまだ入ってないはずだ。

 

帰りにナザレはブッダの部屋に連れて行ってくれた。

 

(琢磨、お疲れ様、手続きも終わって翻訳機に辞書も入れてあるよ。君のPCも先程届いている。ナザレにもそれをコピーするからちょっと待っておくれ。)

 

ブッダは右手にナンシー、左手にナザレのサングラス持った。どうやらそれでコピーが終わったらしい。

 

「この辞書が入っている者とだったらテレパシーでこれから会話出来るよ。これからはナザレとチャンネルが合うようにしておいたから。ただし我々の言語もいずれは覚えてくれよ。じゃ~ナザレこの星を案内して差し上げなさい。」

 

「はい、お父様。」

 

「お、お父様~!?」

 

「そうよ、ちゃんと自己紹介させて下さいね。私はナザレ、この星ではお父様の秘書のような役目があります。」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします。僕は狩野琢磨、一応物理の研究をしていました。」

 

ナザレはクスッと笑い「一応ってあなたはワームホールを発生出来る装置を開発出来たのでしょ?この星でもその装置は実用化されていないわ。琢磨さんはその星でも相当なレベルの研究者でいらしたのでしょう?」と狩野を素直に称えた。

 

狩野は少し顔を曇らせながら

 

「そうか、でも僕は本当に地球では、たいした事の無い奴だったんだ。実験に失敗してとんでもない所に来ているし。」自身の立場をたどたどしく説いた。

 

狩野は実は心中別の事を考えていた。

 

(この星の科学レベルなら、もしかしたらワープ航法であっというまに地球に辿り着ける方法があのかもしれない、って期待していたんだがな。まっ仕方が無い、別の方法を考えよう。)

 

「とりあえずこの星を案内するわ、ではお父様行って参ります。」

 

「お、それでは頼む、琢磨君に行きたい所を聞いてみてはどうかな?」

 

「はい、そうするわ。では琢磨さん行きましょう。それとPCを外すとテレパシーで会話できなくなるから気をつけて。それとこの星の他の人とは極力会話をしないでほしいの、まだあなたの事はトップシークレットだから。」

 

「うん、分かったよ。」

 

「では、どこに行きたいの?」

 

いつものように優しい微笑でナザレが問いかけた。

 

「僕は天文学者に会ってみたい。僕の元の星がどこか聞いてみたいんだ。」

 

「気が早いわね、それは分かったわ、でも向こうにも都合があるでしょうから約束をしてからでないと。ちょっと待ってね。」

 

ナザレはこの星のアイウェラブルPCを使って通信を始めた。

 

(しかしこのPCは軽い。まるで身に着けていないようだ。フィッティングの必要も無い程だ。しかも最初に掛けた時より明らかに俺の顔に馴染んでいる。体温を感知して、形状を変えてその装着者にフィットする素材を使っているんだな。)

 

「琢磨さん、琢磨さん。」

 

「あ、ごめん。」

 

「考え事でもしていたのね。先方は今から3時間後なら話をする時間があるそうよ。」

 

「本当かい?ありがとう。じゃ、それまで…ナザレどうしよう。」

 

「じゃ、当初の予定通りこの星を案内させてもらおうかしら。」

 

琢磨はホッとした顔を見せてニッコリ肯いた。

 

(このデートプランを決められない所も美和子はオカンムリだった。あいつ心配してるだろうな~。)

 

ナザレは人二人が立って乗るのがやっとだろうか。円形の台からまっすぐに伸びたハンドルが出ている乗り物に琢磨を乗せた。琢磨はそのハンドルの反対側にある手すりに捕まった。

 

「それじゃ、動くわよ。」

 

「す、スピード出るのかい?」 

狩野は情けない声を挙げた。

 

「平気よ、この乗り物は本来身体に障害のある方やお年寄りが乗るものなのよ。この星では余程急ぐ時でないと、若い人は極力歩くか走って移動するわ。その方が健康を維持出来るのよ。そう思いませんか?」

 

「そ、そうか。」

 

狩野は自分の研究所時代を思い返したが、その当時は椅子に座りっぱなしでPCと1日中にらめっこしていたなと思い出しほんの少し顔を赤らめた。

 

何の音もせずその廊下から20センチ程浮いたその乗り物は一切ギアチェンジもせず動き出した。スピードは20キロ程出ているのだろうか。そんな中、狩野は小声で

 

聞いた。それ程その構造物の中は静かで人の気配もせず静まり返っていた。

 

「ナザレ、これからどこへ行くんだい?」

 

「まずは町に出ましょう。研究所も町の外れだわ。」

 

 

そしてナザレは警備員がいる扉の前で止まった。そしてその男に一言告げた。ナザレはさすがに大統領の娘、男はかしこまりながら扉を開けた。そこには巨大な体育館とも言うべきか、高さは1000m奥行きおよそ10キロはあろうか。一番端は少し霞んで見える。そんな広大な空間が地下4500メートルの深さの地底に広がっていた。


第九話 奇跡の星

この星の文明は地球より若干進んでいる。それはその星に優しい環境天国だった。地上は植物と動物の楽園、人間は全て地下に都市を建設し居住していた。そしてその動力は主に風力、水力、太陽光、地熱と地球と同様に環境負荷の少ないシステムがメインだったが地球より優れていて画期的な点は、地上の植物が光合成で得たエネルギーの一部を電気エネルギーに変換出来る仕組みがあったことだ。そしてその星の人類は地上を世界共有財産とし、公園として活用していた。更に昼間は光ファイバーで地下に光を届け、そのエネルギーは蓄電だけでなく蓄光すら出来るようになっていた。

 

また仕事場の風景は少し異様だった。皆カプセルの中に仰向けに横たわり、眼には眼帯のような黒いマスクを掛けて寝ているように見えた。この星の人の説明によると手を使い書類を作るより頭でイメージし、それをコンピューターが捉え書類化する方が、処理速度は10倍以上速くなるそうだ。確かに夢の世界で長い間夢を見ていて壮大なストーリーだったと思い返したが実際には数秒間眠りに落ちていただけだったという経験は狩野にもあった。

 

こうした技術革新や効率化により。この星では、実際に会社にいる時間は長くても23時間だそうだ。そして空いた時間は高齢者の介護や地域のボランティア活動に割いていた。過去は地球のように戦争もあり、その反省を踏まえて連邦軍を創設した、だがそれは既にそれは形骸化し、いまや宇宙防衛軍として僅かの形を留めているに過ぎなかった。

 

「これが私達の町の単位よ、そしてこの星の各地にこういった都市が散らばっているの、基本的にはエネルギーからゴミの処理、税、福祉サービス、全て1つの都市で完結しているの。」

 

「へ~、ここに何人程生活しているの?」

 

「どの都市も人口をコントロールされていて、約50万人が上限と定められているわ。」

 

「何故皆地下に居住しているんだい?」

 

狩野は思い切って聞いてみた。ナザレは少し考え答えた。

 

「私達はこの星や緑に生かされているのよ。この星に住む全ての生物は1つの流れに沿って生きている。それは食物連鎖と言ってもいいわ。でも私達人類だけは、過去にその連鎖を断ち切ろうとしたの。でもそれは惑星に負荷をかけ環境を破壊しながら

生きなければ生きていけない事を意味していたの、でもそれが自分で自分の首を絞めている事にやっと気付いたのよ。だから地下に潜ったわ。そして現在はこの星そのものが空気だけでなく環境清浄機として機能しているの。」

 

ナザレの口調は穏やかで淡々としていた。ナザレは歩みを止める事なく話を進めた。

 

「だから現在では人口も緻密にコントロールされているのよ。限られた資源を利用しリサイクルさせていくには、この星には適正な人口があるとシミュレートされているの、それを基に出産は許認可制になっているわ。これに当初は反発もあったの、でも増え続けていく状態が続けばこの星がどこかで立ち直れない程のダメージを受け、いずれ私達人類は滅びると予測したわ、それを提唱したのも、その当時の大僧正という地位にいたお坊さんよ。今から300年前にその説が支持され人類は地下に都市を築き移住し、徐々に地上を植物や動物に譲り渡したのよ。」

狩野は沈黙した。

 

(地球は大丈夫なのだろうか?我々もそれに気づけるのだろうか?)

 

「もう1つ聞いてもいいかい?」と狩野は思い出したように質問を投げかけた。

 

「ええ、勿論よ。」

 

ナザレはいつもの微笑みをくれた。狩野はその微笑にたじろぎながらも聞いてみた。

 

「僕とナザレは別の環境で育った全く異種の生態系で進化した生物だろ?なのに、何故僕とナザレはこうまでに違わないんだ?指だって5本だし、目は二つだ、ナザレのような顔立ちの女性は僕の国には居ないけど、僕の星の他の国には居てもおかしくない。その程度の違いだ。」

 

狩野は心中、これ程美しい女性も実は見たことが無いとも考えていた。

 

「それともう1点、君達は何故、僕を驚かず受け入れられるんだい?」

 

ナザレはちょっと困った顔をした。

 

「い、いや答えられないならいいよ。」と狩野は慌てて前言撤回した。

 

「ううん、そうじゃないの、その話は琢磨さんがもう少しこの星に住む私達を理解してからの方が多分、すんなり話しが聞けると思うわよ。」

 

狩野は少し驚きの表情を見せた。

 

「え、どういう事?」

 

ナザレは、今度は本当に少し困ったようだ。

 

「う~んと、少し宗教というか、精神世界のお話になるの、神話と言ってもいいわ、そういう話として聞いていて。」

 

「う、うん分かったよ。そういった話には僕は科学者の割には理解がある方だと思うよ。」

 

ナザレは少し考えているようだ。

 

「……そうね、じゃなるべくかいつまんで話すわ。まず私達は、宇宙は1つと考えているの、元々1つだったものが、広がり分かれていったというようにね、元々が1つなんだから、その過程で環境によって多少変化しても大きな差異は無いはず、とこの星の科学者、宗教家はかんがえていたの、だから、私達は驚かないの、例えば元素記号は琢磨さんの星では何種類あるの?」

 

118」と琢磨は科学者らしく即答した。

 

「私達はそれに加えて100年ほど前にもう1つ加えた程度よ、これは偶然?そんな訳無いでしょ?だからいくら宇宙の最果てと言っても原子レベルまで話しを小さく考えればそんなに大きな差異はないはずよ。ただ驚いたのは私達のような知的生命体は、現在のこの星の技術では発見出来ず、遠くの時空の惑星にしかいない、つまりこの私達周辺の宇宙にはそういった星は存在しないというのが定説だったわ、だからあなたが他所の星から来たと聞いて驚いているの。我々は宇宙の孤児、それが定説よ。琢磨さんが何光年離れた星から来たかわ分からないけど、もう随分前に諦めていた、他の惑星の生物との出会い、それが、その願いがかなったのだから歓迎して当然でしょ?知的生命体が育つ環境を計算すると、それこそ天文学的な確率になるそうよ。まさに奇跡の星ね、それがもうひとつあったのよ。しかも私達と価値観も共有出来そうな、好戦的な種族でもなさそうだし。」

 

琢磨は申し訳なさそうな顔をした。

 

「ナザレが僕の事をそういってくれるのは嬉しいけど、実際にはそうではないんだ。僕の星ではここ100年以上、常に、どこかの国同士がいがみあい、争っている。1年たりとも戦争の無い年が無いんだよ。」

 

ナザレの顔も少し曇った気がした。

 

「気に触ったらごめんなさい、でも私達にも過去にそういった時代があったのよ、過去にこの星全土が戦渦に巻き込まれたわ、その戦争の原因は限られたエネルギーの争奪戦よ。そして最終兵器を双方が同時に使ったの、それは非常に威力があり、その成分は大気を破壊する程の威力で本当に酷い兵器だったの、この星は徹底的に破壊されたわ、そして現在では地上はボディースーツを着用し、このサングラスを掛けないと生きていけない場所になってしまったわ、その間違いを起こしてからやっと皆が気づいたの。このままでこの星ごと絶滅するって…それから皆必死だったわ、でもそのお陰で今があると思えば、それも必然だったのかもって今なら思えるわ。」

 

「辛い過去を思い出させちゃってごめんよ。」

 

「ううん、全然辛くないわ、今では皆充実した日々を送っているの、そして人が地下に潜ったお陰で地上の空気はこんなに美味しいでしょ?間違いを犯して気付き、一歩前に進めたのよね。お父様に言わせれば、全ての過去があるから今がある。そしてその時その時で人は成功したり反省したりする。大切なのはその繰り返しの中で半歩でもいいから前に出ることだ。って説いているわ。」

 

町の中を案内されながら狩野は夢中になり、ナザレの話と、教えてくれるナザレの顔に見入っていた。

 

「そろそろ天文学者のロジさんの研究所に着くわよ。」

 

本当に町の外れ、そびえ立つ町の外壁の端にその研究所はあった。

 

 

ナザレと琢磨は研究所の応接間だろうか?研究の設備等どこにも見当たらない一室に通された。


第十話 有り得ない話だと…

しばらく経つといかにも研究者という風貌の40代くらいに見える男性が部屋に入って来た。入って来るなりその男は

 

「君が他の惑星から来たと吹聴している輩か。」

 

ともう既に辞書はインストールされているらしい。

 

「ち、ちょっと失礼よ、それに琢磨さんは嘘をついているわけではないわ、現にこの星の過去の言語には一切無い言葉を使っているじゃない。」

 

とナザレは慌ててフォローに入った。

 

すると男はフン!と鼻を鳴らし

 

「それだけではまだ分からんわ。」とまだ無礼な態度だ。

 

「とりあえず自己紹介をさせて下さい、僕は狩野琢磨、地球という星から来ましたが、そこがどこなのか皆目見当もつきません。今日お邪魔したのは、この星一番の天文学者だと言われているロジさんの見解をお聞きしたかったのです。もし嘘をついているとまだお疑いなのであれば、DNAでもなんでも僕の身体を調べてみて下さい。」

 

と普段の琢磨からは想像もつかない落ち着いた分別のある物言いで伝えた。

 

するとロジの態度も一変した。

 

「今の、琢磨さんと言ったか、あなたの言い方を聞く限りは気がふれている訳でもなさそうだ。だが私は科学者だ、人の言った事をあ~そうですかとは聞けんのだよ。失礼な言動は許して欲しい、だがもう少し話を伺った上で判断させて欲しいのだが。」

 

琢磨は自分の誠意が伝わった嬉しさからか、

 

「実は僕は地球では物理学者でした、ただ立派な功績は一切有りませんが。だからロジさんのお気持ちは手に取るように分かります。検証と実証ですね。」と意気揚々と応えた。

 

ナザレは二人が落ち着いて会話を始めたので安心したのかいくらか穏やかな顔つきになった。

 

「ロジさん、琢磨さんは自分では謙遜してあぁ言っているけど、地球でワームホールの発生装置を最初に開発した科学者なのよ、その実験の最中に…。」

 

とナザレは今までの経緯もロジさんに説明してくれた。

 

ロジさんはいささか驚いた顔をした。

 

「何?ワームホールの開発に成功したのか?すると狩野さんの母星の科学力は私達の星より進んでいるんだな。」

 

琢磨はやっと会話らしい会話が始まった事に安堵していた。

 

「それは分かりません、ですが僕らの星では、地上は人口の構造物で満たされていて空気や土壌、海は汚染し、決して人の住み易い星ではないのです。だがこの星は違う、自然と人間の住み分けがしっかりしていてそれらは共存している。いや互いを補っているとさえ言ってもいい、この発想や技術は僕らの星には無いものです。」

 

ロジは余程狩野の事が気に入ったらしい。穏やかな顔つきになった。

 

「狩野さん、あなたの言う事はもっともだ、でも我々も失敗してから気付いたのだよ、そこら辺の説明はナザレさんに聞いたかな?」

 

「はい、ナザレさんに最終兵器や最後の戦争の話は聞きました。」

 

ロジは一呼吸し、諭すように話し始めた。

 

「狩野さん、辛いかもしれないが、良く聞きなさい。」

 

狩野は黙ってうなずいた。

 

「物には順序や段階というものがある、それらは一足飛びには行かないものだよ、

だから焦らず1つずつ勉強していけばいい。私の言っている事は分かるね?」

 

狩野は少しうつむきながら肯いた。

 

そこでナザレが話しを切り出した。

 

「もういいかしら?ロジさんも忙しいのでしょ?ロジさんにお聞きしたいのは、現在のこの星の技術で水を媒質とする知的生命体が生息出来る惑星というのは発見出来ているの?ということを今日は聞きたかったらしいのよ。ロジさんの見解を聞かせていただけるかしら?」

 

「うむ、あくまでも私の知る限りだよ、現在この星で天文学を本格的に取り組んでいるのは私くらいだ、それ程、今では宇宙の謎は解き明かされている。この星の最大口径の天体望遠鏡はおよそ100万光年先の惑星に大気があるか?直径はどの程度か?まではつかめる能力がある。だが今現在、我々が居住出来るような条件の惑星は1つも見つかっていない。それはそれ以上研究しても惑星外生命体との出会いを期待するのは、ワープでも出来なければ不可能だと結論づけられることを意味していた。だが我々のような姿形の生命体がこの星以外にもいる事は確率からいっても間違いない。だが見つからんのだ。悲しいほどに神は我々種族の時空としての近接を嫌った。だがこの星のいわゆる大統領、ブッダは精神世界の中で他の星の生物とコンタクトを取っている。そしてこの水種族は驚く程に似通っている事を知り、国民に伝えた。だが互いがどこに居るか?そればかりは分からず、しかも精神世界ではその時空という基準が意味をなさない、つまりあまり興味の対象にすらならなかったのだよ。科学者がこんな事を言うのはおかしいかね?」

 

狩野は一瞬考えたが、

 

「いえ、我々世界では仮説の段階ですが5次元空間もしくは余剰次元空間という概念があてはまるのかもしれません。ですから非常に科学の観点からも興味深いです。ただ正直申し上げると落胆しています。それは僕が母星に帰る事が非常に困難だという事が分かったからです。ですが1つ疑問があります。」

 

「なんだね。」「それは星座です。いえ星の配置と言った方が分かりやすいのでしょうか?それが僕の居た星から見た夜空と大差無いのです。」

 

「それは本当かね?あくまでも仮説だが、本当に君がワームホールを通って来たとする。すると時空という基準は考慮しなくてもいいんだね?」

 

狩野は一瞬たじろぎながら「え、えぇ。」と肯いた。

 

「だとすると君は1光年先でも100万光年先から来たとしてもおかしくは無いのだね?それならば再度この星の望遠鏡で探してもよい、だがある程度の方向は絞らないと360度全てを探していたらそれこそ何年掛かるか分からない。少なくとも君があるA地点からこの星B地点に来たとしてその視点のずれによるこの星の配置のずれから、ある程度の計算は出来ないかい?それが出来るのであれば私ももう一度チェックしてみたい。非常に興味深い話だ。どうかね?」

 

「ち、ちょっと待って下さい。」

 

狩野はしばらく考えた。

 

(僕の専門はあくまでも物理で天文学ではない、ある程度の配置は思い出す事が出

来たとしても精密な計算はしようもない。)

 

「申し訳ありません、僕にとっては専門外です。正直精度のある回答を出せるとは到底思えません。何か他の方法は無いか考えて見ますのでしばらく時間を下さい。」

 

「そうか、分かったよ、君の星の天文学者が居たらきっと面白い事になっていただろうに、残念だが致し方が無い。私も何か方法が無いか考えてみるよ。」

 

こんな時ナザレはいつも優しい

 

「琢磨さん、そんなに落ち込まないで、きっと何か方法はあるわ、一度冷静になって考えてみましょう。」

 

それ程落ち込んでいる自覚は無かった琢磨だが、傍目に見るとそうだったのだろう。

 

「ありがとうナザレ、ではロジさん失礼します。ありがとうございました。」

 

狩野がクルッと向きを変えて帰ろうとするとロジはナザレを呼び止めた。

 

「ナザレ、ちょっと。」

 

「ハイ、なんでしょうか?」

 

ロジはナザレの耳元でささやいた。

 

「ブッダは何と言っている。」

 

「そうね、少なくとも琢磨さんは、嘘は言っていないと言っているわ、それに悪意も感じないと。」

 

「そうかすまなかったね。ではこの後はどうするんだい?」

 

「そうね、もう少し町を案内する予定よ。」

 

「そうか、狩野君、気を落とさないでくれ、力になれなくてすまんね。」

 

狩野はもう元気を取り戻していた。

 

「いえ、お時間取らせるだけで、何も結論が出ずに失礼しました。相談に乗って下さってありがとうございます。」

 

「いや、ではナザレが町を案内するそうだから楽しんでくれたまえ。」

 

「はい、失礼します。」

 

「ロジさんでは失礼するわ、琢磨さん、では行くわよ。」

 

「あ、ち、ちょっと待ってくれよ。」狩野は慌てて小走りでナザレに追従した。

 

 

狩野は研究以外ではいつもこの調子だ。この後、狩野は地球帰還計画の重要なヒントを目の当たりにする。


第十一話 殺人鬼がくれたヒント

「な、ナザレ、ちょっと聞いてもいいかい?」

 

「えぇ、いいわよ。なにかしら?」

 

「先ほどロジさんが言ってた事なんだけど…ロジさんは水種族と言ったろ?ということは他の水以外を媒質とした種族は居ると確認出来ているのかい?」

 

ちょっとそっぽを向いていたナザレは思い出したように話しだした。

 

「ここが、この町の中枢よ、あら、ごめんなさいね、琢磨さんの話を聞いてないわけじゃないのよ。興味あるかと思って…」

 

「そ、そうか、え!でも中枢って僕には狭い一軒家にしか見えないけど…」

 

狩野は日本の交番を思い出していた。

 

「ここで何が出来るんだい?」

 

ナザレはクスッと笑った

 

「全てよ。」

 

「全てって例えば住民の代表が集まって何か方針を決めたりという事はしないの?」

 

「議題は作って話し合うけど、皆が一箇所に集まる事はしないわ、全て仮想上のネットワークを作ってそこで話あうのよ。つまり全ての個人は皆代表なのよ。」

 

「そうか、僕の星では議題は一般人レベルでは話し合わなかったな、皆興味が無かったし…」

 

「あら面白い、それは政治に興味が無いって事?それは幸せよ、何も暮らしに不満や不安が無いってことじゃない。余ほど琢磨さんの国は上手く運営されているのね。」

 

「え!」(そういうことなのか~?)

 

「それはともかく、さっきの話に戻ってもいいかい?」

 

「あら、ごめんなさい。私も琢磨さんの星に興味があってつい…」

 

「い、いやいいよ。」

 

「じゃ~本題に入るわね、水種族の件よね?私も専門じゃないから詳しくはわからないわよ。まずは生命体の定義って何かしら?」

 

「繁殖能力の有無かい?」

 

「そう、そう考えるのが自然よね。だとすると別にプラズマを媒質とした種族が居ても不思議じゃないわよね。実際この星から見えるあの恒星にも生命体の存在は確認されているの、でもその種族と私達はコンタクトする術がないの。そもそもそれに感

情や意思というものがあるのかどうかも疑わしいわ。お父さんに言わせると知的生命

体は宇宙に無数にいるそうよ。でもそのどれもが水を媒質としているそうよ。これで答えになっているのかしら?」

 

「ありがとう、もっと突拍子も無い答えが来るのかと思ったよ。でも良かったおっかない風貌の種族は宇宙に居ないということだね。」

 

「あら、それはどうかしら例え人間の形をしていても私はもの凄い魔の力を感じ…」

 

突然ナザレは黙った。

 

「ど、どうし」

 

「し!琢磨さん静かに、ちょうどその魔がそこに居るわ。」

 

琢磨は辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「恥ずかしい所をお見せするわ、でもその前に通報するわね。」

 

狩野は何が起こったのかも分からずにじっと立っていた。

 

「琢磨さん、あそこにサングラスを外して歩いている男を見て、これからあの男は強盗か人殺しでもするわよ。」

 

「え!」

 

と狩野が驚いた途端100メートル程先を歩いていたその男は、一人の女性とすれ

違う瞬間にその女性をナイフのような物で何度も何度も突き刺した。その女性は声を上げる間もなく息を引き取った。だがその男はまだその肉の固まりと化したその体に何度もナイフを突き立てていた。

 

「酷い、ナザレ!止めなくてもいいのかい?あんな事は許しちゃいけない。」

 

「そうよ、絶対に許しちゃいけないわ、あんな無意味な事。」

 

「え!?無意味って?」

 

「ごめんなさい、びっくりさせちゃったわね。でも心配しなくてもいいの。」

すると公園で琢磨を捕まえた黒い服を着た男達がどこからともなく走って現れた。するとその殺人鬼はあっさりと観念したようにゆっくりと立ちナイフは地面に落とした。ナザレは小走りでその男達に近寄り話し始めた。

 

(殺人が意味が無いって?どういう事だ。もし美和子があんな風にされたら俺は絶対許さないぞ、地の果てまでだって追いかけて同じ思いをさせてやる。)

 

「琢磨さ~ん。琢磨さ~ん。」

 

「え?あ、ごめんナザレどうしたんだい?」

 

ナザレは手を振り琢磨を招いているようだ。琢磨はどぎついシーンは見たくないな

と思いながらも仕方なくナザレの方へ向かった。

 

「琢磨さん、驚いたでしょ?でもしばらくこの事件の処理を見ていればこの星の生に対する捉え方が分かるわ、琢磨さんに少しでも私達を理解して欲しいの。」

 

「う、うん分かったよ、でも何を見ていれば?」

 

「そうね、事の成り行きを見ていれば充分だと思うわ。」

 

その警官らしき男達はその殺人鬼を二人がかりで両脇を抱え連れて行った。そして残った警官たちはその殺された女性の持ち物をチェックしているようだった。

 

「どうだIDカードは持っているか?」

 

「あぁ、あったぞ。」

 

「クローン再生についてはどうなっている。」

 

(え、クローン。この星ではクローンを許可しているのか?)

 

「希望になっている。」

 

「そうか、それなら良かった。まったくあの男も人を刺すことだけに快楽を感じてしまっていたようだな。」

 

「あぁ、だがこの女性は再生出来るとはいえ、とんだとばっちりだな。」

 

「そうだな、よし、記録だけを残して後は死体処理班に引き継ぐぞ。」

 

するとナザレが琢磨の方を軽く叩いた。

 

「ね、心配無いでしょ?理解していただけたかしら?」

 

「そうか、この星は凄いな、僕の星では人類のクローンは未だに成功していない、どこかに不具合が出るんだ。更に誰かのクローンを作ったとしてもまるで別の人格だった、つまり箱だけ一緒で中身は別物だった。この星ではその問題もクリアーしてるのかい?」

 

「えぇ、勿論。でもそれは技術でクリアーしたんじゃないのよ。」

 

「え!?どういう事?」

 

「それは精神世界との関連を理解していただけないと分からないと思うわ、でも簡単に言うと心をお父様の様な僧侶が召喚するの、琢磨さんの星では魂というのね、それと肉体は別物なのよ、だからそこをクリアーしないともしクローンで肉体だけ再生したとしても、魂が入らなければ肉の塊、入ったとしても本人の魂を召喚しなくては別人よね。」

 

「そうか、科学だけ考えていてもその問題はクリアー出来なかったのか、でもそしたらこの星の人達は不老不死なのかい?」

 

「いえ、ちゃんと天寿というものがあるわ、だからその天寿を全うした方は召喚し

ないのがルールよ、今回のように事件に巻き込まれたり、事故にあった場合に本人が再生を希望するとIDカードに記しておけば、その条件を満たした人は再生されるの。ちょと難しかったかしら、え、琢磨さん聞いてましたか?」

 

「あ、あぁ聞いてたけど、別の事も考えていたよ、ナザレいくつか質問してもいいかい?」

 

「えぁ、どうぞ。」

 

「この再生って別の星の人でも出来るのかな?それと組織は体のどこでもいいのかい?」

 

「それは分からないわ、でもまず条件としてはその人の組織が必要よ。召喚という意味では、宇宙中の水種族は死後1つの精神世界に向かうと言われているの。そう考えれば問題ないのかもしれないわ。それと組織はDNAがそのまま残っていればどこでもいいそうよ。でも琢磨さん自分のクローンを作れるかどうかを知りたいの?別に心配しないでもこの星の殺人事件の発生件数はこの星全土でも年に数回よ。心配なさらないで。」

 

「いや、違うんだ。僕じゃない、僕の星の天文学者だ、しかもその星でもトップクラスのね。じゃ~髪の毛1本でもいいんだね?」

 

「そうよ、でもどうやって琢磨さんの星の学者さんの毛髪を手に入れるの?」

 

「ううん、そうじゃない、既に僕は持っているんだ。このシャープペンの中にね。」

 

琢磨は胸ポケットからこの星に来てから一度も役に立っていないシャープペンを

 

取り出した。そうこのペンの中にはワームホールの実験の為に、大月教授の髪の毛が入っていたのだ。


第十二話 精神世界へ

「やぁ、その顔を見ると何か収穫があったようだね?」

 

ブッダのお出迎えはいつもと変わらなかった。ナザレと狩野は顔を見合わせてお互いを確認した、そしてナザレが狩野から説明するように促した。

 

 「はい、ロジさんともお話したのですが、僕の来た方向さえ分かれば、」

 

 「ちょっと待った、長そうだね。」突然ブッダが狩野の会話を遮った。

 

 「ちょっとお邪魔するよ、………なる程、今琢磨君の頭の中を覗いてみた。早速、僕は精神世界に行ってその大月教授とコンタクトを取れるか試してみる。もしも大月教授がご存命なら今回の召喚の話は無しだ。いくら僕でも生きている方を召喚し、こちらの肉体に入れなおす事は出来ない。分かるね。」

 

と約12秒程の相間にブッダは狩野の用件を読み取った。

 

 「はい、それは承知しています。ではその交信の間に僕はナザレとこの髪からDNAを抽出出来るか聞いて参ります。」

 

 「いや、それは時間の無駄だ、私が今交信してみるから、それにはそれ程こちらの時間の感覚では掛からない筈だよ、その前にその大月教授の正式なお名前とそちらの

星の暦でいいから成年月日、更にその方の顔写真まであると助かるのだがな。」

 

「あ、それならナンシーの中にデータベース化されていますから、どうぞお使い下さい。」

 

と狩野は胸ポケットからナンシーを取り出しブッダに渡した。

 

「それでは行ってくるよ。」

 

そう言った後、ブッダは目をつむり下を向いた。

 

「ナザレ、こんな簡単にブッダはあちらの世界に行けるのかい?」

 

とひそひそと聞いた。

 

「そうね、この星で僧侶になっている方は、生まれた時からそういった能力があるみたい、でも訓練しないと大人になると自然と能力は消えてしまうらしいわ。」

 

するとブッダが顔を上げ目を開いた。

 

「琢磨、ごめんよ、今精神世界に行ったのだが、大月教授らしい人は見当たらないのだよ。…待てよ、もしかしたらもう既に亡くなっているのだが、何かしらの未練が強烈に残り、その星に留まっているのかもしれないね。よしこんどは君の星を訪ねてみるがこれには時間がかかりそうだ、やはり君の言っていたように先にDNAを抽出してもらってきてくれるかい?」

 

「…は、はい。分かりました。大変でしょうがお願いします。」

 

「なんの、人の人生を覗き見れるのだから、これくらいはね。冗談だよ。では行っておいで。ナザレ案内を頼むね。」

 

「はい、お父様も気をつけて。琢磨さんではいきましょう。」

 

 

二人はブッダの部屋を後にした。


第十三話 縁を辿る旅

「…きさん。」

 

「…つきさん。」

 

「おおつきさん、顔を上げて。」

 

研究室の壁に持たれかかりながら座り込み、うつむいていた大月教授はふっと顔を上げた。

 

「ん?今誰かに呼ばれたかな?」

 

「あなたが天文学者の大月教授ですね?」

 

「いかにも、私は大月だが、あなたは何処に居るのだね、私には姿が見えないが。」

 

「それはそうです。私は別の星に居るものです。そこからあなたに話掛けています。」

 

大月教授は一瞬考えた

 

「他の星だと?それは地球外生命体だとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。仮にそうだとしても何の用だね。」と失礼を承知で言ってのけた。

 

「おっしゃる通りすぐには信じられないでしょう。ですが狩野琢磨の名前を聞いてもこの話に興味はありませんか?」

 

大月教授の無気力な表情は一変した。

 

「何?何故あなたが狩野君の事を知っているんだ?彼はワームホールの暴走で遠くの宇宙へ放り出され真空の世界の中で瞬時に破裂し息絶えたはずだ。まさか狩野君はどんな経緯かは知らんがあなたの星へ辿り着いたとでも言うのか?」

 

「はい、その通り。彼は私の星に来て生きています。そしてこの星、地球と言うのですね?この地球へ帰る事を諦めてはいません。それは神の選択だった事は間違い有りません。ですが彼の真の目的が何なのか、それは私にも分かりません。」

 

「神の選択…難しい事を言うな!そんなまやかしは信じられんぞ。」

 

「これは異な事を、では魂の存在は信じませんか?」

 

「それは…」

 

大月教授の顔が曇った。

 

ブッダは続けた。

 

「そう、あなたは事故の後、狩野さんの死を確信し、それを悔い、憔悴しきって亡くなっている。ですが亡くなった後も狩野さんを心配し、何か方法が無い物か研究所に残り思案しているのですね。」

 

「そうだが、私には解決できんのだ。いくら考えても解決法は見つからん。」

 

「そう、ここで100年考えても回答は見つかりませんよ。」

 

「どうすればいいのだ、何が言いたいのだ。私が彼の研究を見守りアドバイスすればこんな事にはならなかった。こんな事には…」

 

「お嘆きなさるな、幸い狩野さんはまだピンピンです。出来れば大月教授、あなたのお力を借りたいのです。」

 

大月教授は天を見上げた。目には溢れんばかりの涙で満ちていた。

 

「神よ、もう一度私にチャンスをくれるというのか?こんな私に。」

 

「あいにく私は神でもなんでもない、ただの僧侶です。ですがあなたをもう一度私の星で再生出来る。そこで地球の位置を私の星の天文学者に教えて欲しい。そうすれば、もしかしたら地球に帰る術がみつかるかもしれないのです。いかがですか?」

 

大月教授の目には明らかに決意が見て取れた。

 

「例えあなたが神でも悪魔でも、行き先が天国でも地獄でも、狩野君の力になれるのならどこへでも行くよ」

 

「そうですか?行き先が天国なら良いのですが、残念ながら現世、修行の場です。決して楽は出来ませんよ。」

 

「承知した、後は任せることにしたよ。」

 

「良かった、では光をそちらに送ります。その光を辿り一度天界に行って下さい。こちらの準備が整いましたらお呼びします。」

 

「天界…良く分からんが私は光に着いていけば良いのだな?」

 

「はい、ただ魔が差す可能性があります。全ての呼びかけには反応しないで下さい。絶対にですよ。」

 

「わ、分かったそんな所で道草してる場合ではないのだからな。」

 

「では、お願いします。また私の星で会いましょう。」

 

 

こうしてブッダは目的を果たし、精神世界に別れを告げた。


第十四話 救いと報い

「ふ~、何とかなりそうだな。」

 

精神世界から帰還したブッダは安堵の溜息を洩らした。既に狩野とナザレはDNAの抽出を終え、幽体離脱したブッダの前で、ブッダの戻りを待っていた。

 

「や、早いね。こちらも上手く行ったよ。残念なのか、良かったのか分からんが、大月教授は君を事故で失ったと思い責任を感じて亡くなっていたよ。最後は誰に勧め

られても殆ど食べ物を口にしていなかったようだから自殺に近いようなもんだ。早速召喚するが、DNAは上手くいったかい?」

 

「はい、そちらは問題無いそうです。ですが大月教授が僕の事をそこまで考えてくださっていたとは…正直最後は疎遠になっていたのですが。」

 

「多分、君の事をかっていた、それ故に厳しく指導したのだろうね、どうなるか分からんがこのご恩は高くつくね~。」

 

とブッダは意地悪く笑った。

 

「か、勘弁して下さい。」

 

「もう、お父様ったら冗談が過ぎるわ。」

 

ナザレのフォローで救われた狩野だったが、内心不安で一杯だった。それは召喚したはいいが、本当に地球が見つかるのか?見つかっても距離的に帰還出来ない距離ではどうしようも無い。呼ぶだけ呼んでお疲れ様でした、とお引取りいく訳にもいかない。たまらず狩野はブッダに問いかけた。

 

「あの~。」

 

「なんだね?…そんなに心配しないでもいいよ。大月教授を地球であのままにしておいても成仏出来ず、ず~っと苦しむ事になっていた。それを君が救われる形で救ってあげるのだよ。今回の僕の目的は君も大月教授も救う事だよ。そして僕の努力は琢

磨や大月教授の笑顔で報われるんだ。つまり救いと報いはセットで成立だ、分かるね?」

 

「はい、で、でも僕の頭を覗く時は一言言っていただけると…。」

 

「そうか、これはすまないね。でも君の頭の中がいつもお腹空いたと、食べ物で一杯なのは頭じゃなく、顔に書いてあるよ。」

 

「え!?」と狩野は顔を赤らめた。

 

「もう、お父様いい加減にしてください。ごめんなさい、琢磨さん、お父様はいつもこうなの。」

 

「ごめんよ、ナザレ、琢磨。軽いジョークと受け止めてくれ。それでは召喚しに行こうか?」

 

「は、はいお願いします。」

 

と狩野はまだ多少赤みの残る顔を引き締めた。

 

「ではお父様、この町の総合病院に向かえばいいのね?」

 

「そうだな、ナザレ歩いてもそう遠くは無いが、少しでも早く狩野君を安心させてあげたいから、フーガに乗っていこう。」

 

と一向は先程ナザレと狩野が乗った宙に浮く円盤タイプの乗り物に乗り病院へ向かった。

 

地球の感覚の総合病院とは程遠いこぢんまりとした佇まいの建物に三人は入っていった。歩きながら、不思議そうに狩野はナザレに聞いた。

 

「ナザレ、本当にここが病院なのかい?」

 

「ええ、そうよ。でもどうして?」

 

「だって、50万人もの人口の病人をまかなう施設には到底思えないよ。この星には病人は居ないのかい?」

 

「これはお父様に答えてもらった方が良さそうね。」

 

「この星でも原因不明の病気が次から次へ見つかった時代もあったんだよ。それは僕らがこの星を蝕んでいた時代だね、より具体的に言うと我々が地上に居てエネルギー争奪戦をして最終戦争に到るまでの間だね。でも僕らが地下に潜ってからはそういった新しいウイルス等とは無縁になった。これを僕は連鎖に組み込まれたからだと思っている。僕らは星に寄生している段階から星と同一化したんだ。地上に居て文明を築く僕らは、星にとってウイルスだった。だから人をふるいに掛ける為に、神が病気を作り出し間引いた。でも地下に潜ってから僕らは星の環境改善に力を貸せるようにもなり、そして星も僕らに恵み与えてくれる、つまり相互に助け合う関係になったんだね。そうすると自然に新しい病気は現れなくなったよ。また人口もコントロールすることで間引く必要もなくなったのだろうね。さ、その部屋についたよ。」

 

 

狩野はこの星に来て、いかに地球の人類が愚かだという事に気付かされていた。そして帰れるかどうかも分からない母星を心底心配していた。この星は間違いは犯したもののそれに気付いた、だが僕らは気付けるだろうかと。


第十五話 再生

「さぁ~、始めようか。」ブッダが切り出した。

 

「それじゃ~大月教授を呼んでくるよ、こちらで核の準備をしといてもらっていいかな?」

 

と言った後、ブッダは椅子に座り首を下げた。

 

「はい、お父様。」

 

「な、ナザレ。こんなに簡単に始めていいのかい?もっと聖なるなんたらとか、そういった三種の神器のようなグッズとか、集中が必要だとか。」

 

ナザレはクスッと笑った。

 

「この星でも修行僧クラスなら確かに道具の助けは必要ね。でもああ見えてお父様はその力に関してはこの星一番よ。心配なさらないで。さ、抽出したDNAをこの機械の中に入れて。」

 

「あ、分かった。ここでいいんだね。」

 

狩野はその大きなペットボトルの様な機械の台座の部分にその大月教授の一部を置いた。するとナザレが何かを操作すると、扉が閉まり、ほんの微かな低い作動音が

鳴り出した。

 

「最近は技術の進歩でこの培養液の中に入れると通常の500、」

 

と言いかけた所で突然ブッダが割って入った。

 

「只今、大月教授、やる気満々だぞ。具合はどうだい?」

 

「順調よ、後数秒で心臓が出来上がるわ。」

 

するとブッダが両手を胸の前で組み、「はっ!」と声をあげた。

 

「お父様成功よ、心臓が鼓動を始めたわ。」

 

「そうか、それじゃ僕は、ここらで失礼するよ、確か今日はお気に入りのドラマがやる日だ急がなきゃ。琢磨、しばらくしたら大月教授をお連れして迎えに行くよ。」

 

「あ、はい、ありがとうございます。でも大月教授はこのままどこまで成長するのですか?」

 

ブッダはちょっと考えたが、すぐに答え始めた。

 

「いい質問だ。やるね、琢磨先生。そうだな、どうだね、亡くなる直前に設定しては。私の記憶が確かなら君がワームホールでこの星飛ばされてから、29日後には亡くなっているよ。」

 

狩野はヒソヒソとナザレに聞いた。

 

「これって、明らかに忘れてたよね。ブッダはいつもこうなのかい?」

 

「許してあげて、今日のドラマを毎週楽しみにしているの。あ、お父様、その件は琢磨さんと私で相談して機械の設定をするので後は任せて頂けないものかしら?」

 

「そういうだろうと思ったよ。お前のそうやって気の利く所と綺麗な所はお母さん譲りだね。それじゃ、本当に任せたよ。フーガは私が借りるよ。ゆっくり歩いて帰っておいで、何しろ今日は忙しい日だから。では失礼。」

 

「ブ、ブッダさん、ありがとうございました。」

 

「な~に。たいしたことないさ。」

 

「ごめんなさいね、でもさすがにあまりビックリしていないのね。慣れたのかしら。」

 

「そうだね、ブッダに危機意識なんてないのかもね。ちなみに先に設定かい?」

 

「そうよ、誕生日から何日後という様に設定可能よ、いつにするのかしら?」

 

「ちょっと待って、ナンシーでチェックするから、え~と1982年、62日、ブッダの指示に従うなら、そこから29日だと亡くなってしまうから、28日先に設定しよう。すると630日だね。あ、でもこちらの暦はこの星では…」

 

「大丈夫よ、私のコンピューターにも琢磨さんの星の暦は反映出来るようにしておいたわ。では、2027年、630日に設定するわよ。」

 

「う、うんお願いします。」

 

ナザレはその機械にデーターを入力していた、そしてそれはちょっとした設定ですむようだ。

 

「さ、終わったわ、後は33日程待つだけよ。」

 

「本当に簡単なんだね。」

 

「それはそうよ、こちらは魂を召喚さえすれば、後はきっかけを与えれば立派な生命体よ、自分で勝手に成長してくれるわ。」

 

「でも、45歳の教授の肉体を約33日で再生するって事はこの培養器の中はもの凄いスピードで成長しているのかい?」

 

「そう、500倍のスピードよ。最初はこのスピードが実現出来なかったの。だから肉体再生法が可決した時も最初は2倍のスピードだったから、親族と再会するまでに物凄い時間が掛かったわ。そしてそれが悲劇を何度も招いたわ。」

 

「え!どういう事?」

 

「ちょっと考えれば分かる筈よ、結婚したてのカップルのうちの一人に悲劇があったとして、ここで仮に20歳と仮定するわよ。そしたら再会するまでに10年待たされて、やっと会えても30歳と20歳の年の差カップルの誕生よ。それではあまりにも惨いと

皆思い、技術革新を急速に進めたの。そして現在ではやっと500倍までスピードを上げられたの。」

 

「そうか、でも亡くなった方を30歳にまで培養器の中で育てられないのかい?そしたら年齢の問題は解決する。」

 

「これは私も良く分からないんだけれど、どうも亡くなった後にまで培養器の中に入れてもそこで成長を止めるらしいのよ。またほんの数例成功したケースもあったのだけど、でも見た目と精神年齢のギャップに苦しみ結局、駄目だったようね。」

 

「そうか~、でも今はその問題が解決されてるんだから、気にする必要も無いね。」

 

「そうね、お陰で私も人の魔や狂気に怯えて暮らさなくてもよくなったわ。さ、ここに居ても何もする事はないわ、いきましょ。」

 

 

そして二人は、既に赤ちゃんらしい形になった小さな大月教授に別れを告げ、その小さな総合病院を後にした。


第十六話 15光年

「琢磨さん、この後しばらく時間が空くわね、どうしようかしら?」

 

「そうだな、僕はこの星の言語と歴史を勉強したい。いつまでもこの翻訳の機械にも頼りたくないからね。」

 

「それなら私の家のカプセルシミュレーターをお使いください。ただそこで眠りにつくだけでその間に学習し、そして脳に刷り込まれるわ。そうね…琢磨さんなら30日もあったら充分に習得出来るわよ。」

 

「そ、そうか?期待を裏切らないように頑張るよ。」

 

そして琢磨はこの間、この星の創世から最終戦争、そして比較的新しい時代の歴史まで全てインプットした。勿論、元々語学力には自信のあった狩野は完璧な程に訛りのないこの星の共通言語を覚えた。そして覚えた頃にはカプセルが開いた。

 

「ど、どれ位僕はこの中に居たんだい?」

 

「おはよう、丁度33日。それにしてもすっかりこの星の人のしゃべり方、しかも相当知性を感じる話っぷりよ。自信を持ってお話下さい。」

 

「そ、そうか?まだしっくり来ないけど。でもこれで翻訳する必要は無いね。でも専門用語なんかまで覚えてないようだけど…」

 

「それはそのサングラスの中にこの星の過去の言語や地方訛りも含めて、全てデータベース化されているわ。必要な時に検索するといいわ。」

 

「ありがとう。それにしてもこんな薄っぺらいシート状のサングラスにそんな情報量が詰まっているんだね。本当にこの星の技術は凄いや。」

 

「ワームホールを開発しちゃう方が余程凄いと思うけど。」

 

とナザレはまたいつものようにクスッと笑いおどけて肩をすくめるた。

 

「どうします?琢磨さん、成長した大月教授とご対面しますか?それともやりたい事でもあるのかしら?」

 

狩野は少し考え答えた。

 

「そうだね、一刻でも早く大月教授に会いたいよ。会ってお詫びしたい。」

 

「そう、それならフーガで行きましょ。気をつけて下さいねこれだけ寝たきりだと」

 

「イテ!」

 

「あら、言ってる側から、まだ体は目が覚めていないのよ、どうぞ私の手をお使い下さい。」

 

狩野はひざをぶつけたらしくそこをこすりながらなんとか立ち上がった。

 

「いや~恥ずかしい。醜態をお見せしたね。」

 

「いいえ、説明しなかった私が悪かったわ。では歩きながら少しずつストレッチをして下さいな。」

 

「そうさせてもらうよ。」

 

二人はフーガに乗り、また総合病院へ向かった。そして33日目前に儀式を執り行った部屋に入った。すると既にブッダは部屋に居た。

 

「いやぁ~、わざわざ来てくれなくでも僕が琢磨の所までお連れしたのに。」

 

「え!?でも教授は…」

 

培養器の中はもぬけの殻だった。

 

「先程培養器から出て今服を着ている所だよ。もう少し」

 

「狩野君!」

 

狭い一室に狩野を呼ぶ声が唐突に鳴り響いた。狩野はただ大月教授を見つめていた。両の目からは今にも涙があふれかえらんばかりに満ち満ちていた。

 

「お、大月教授…」

 

今の狩野にはそれしか言えなった、いやそれ以外には言葉が見つからなかった。

 

「何を泣いておる。これから忙しいぞ。わしを手伝っておくれ。」

 

そういった大月教授も泣いていた。

 

「大月教授、すみませんでした。ご、ご心配を…」

 

そこまで言って狩野は大声を出し泣いた。狩野は地球の人類に会えた喜びと、大月教授を呼び出してしまった責任。その狭間で悩んでいた、その半面。実は孤独だったのだ。その孤独から開放された、その喜びで感極まったのが、本音であろう。大月教授は狩野の肩を叩き、狩野の気持ちを察するかのように

 

 

「これからは一人じゃない、一人じゃないんだぞ。」

 

と狩野を励まし肩を撫でた。

 

ナザレは

 

「お父様、琢磨さん、良かったわね。生きていくにもやはり先が見えないって、きっと辛いのよね。でもこれで微かにかもしれないけど希望が出来たのだもの。本当に良かった。」

 

ナザレも泣いていた。そしてブッダを見るとブッダは顔をくしゃくしゃにして泣き崩れていた。

 

「やだわ、お父様ったら、これじゃ誰が救われたのか分からないわ。」

 

「な、何を言ってんだナザレよ、僕はいつだって自分の為に再生するんだよ。だってこんなに感動させてもらえるんだから。感謝だね。」

 

「そうね、そんなお父様も好きよ。」

 

「ナザレ~、そんな事言うなよ、お前がいつお嫁に行くかと今から心配で。」

 

「あら?お父様にも心配事って有ったの?」

 

「そりゃ、あるさ。でも他には~……無いかな。」

 

「やっぱりね。」

 

「お二人ともそろそろいいですかな?今後の方針を。」

 

珍しくナザレが顔を赤らめた。

 

「あ、ごめんなさい。お父様がくだらない事をいうものだからつい…」

 

「くだらないとはなんだ、くだらないとは。」

 

「もう!お父様はややこしくなるからしばらく黙っていて下さいな。」

 

涙を拭っていたブッダは両の目を見開き口を手で抑えた。

 

「それで、これからどうなさるおつもりですか?大月教授。まずは星図をご覧になりますか?現在位置の把握が必要でしょ?」

 

「そんな必要は無いよ、すでに狩野君のワームホール発生装置の指定した座標軸は覚えている。地球から銀河の中心方向、いて座の矮小銀河の方向へ15光年だ。」

 

一同同時に声をあげた。

 

15光年!?」

 

そう地球より相当に科学技術の進歩しているこの星の天体望遠鏡でもこの惑星の近くにそんな星は見つかっていない。少し天文学をこの星でかじっている者であれば

ありえない話なのだ。

 

「大月教授、この星の天文学の権威に意見を聞いてみましょうか?」

 

「いや、もしこの星の天体望遠鏡があるのなら、まずそこに行こう。そこにその方も来てくださらないものかな?」

 

「さすがですね、それの方が無駄が無い。ナザレ、ロジさんの手配を頼む。僕らはまず地上の望遠鏡に直接向かおう。」と間髪入れずにブッダはフォローした。

 

 

そして狩野達は、久しぶりの地上へ向かった。


第十七話 一卵性!?

「さ、ここよ、ここがこの星の一番大きな天文台で、そこが、天体望遠鏡よ。」

 

とナザレが狩野達にはどうみても池にしか見えない直系100メートル足らずの真円度に近い形状をした池を見渡した。

 

「な、ナザレ、僕にはどう見てもあれが望遠鏡には、それどころか人口の建造物にも見えないよ。」

 

「それは、そうよ、これからこの池の地下に潜るわ、もうロジさんは先に来てる筈よ。」

 

とナザレは狩野達を地下に潜るエレベーターの入り口に招きいれた。そのエレベータ

ーの中で狩野は素朴な質問をナザレにぶつけてみた。

 

「もしかするとあの池がレンズだとでも言うのかい?」

 

ここでずっと押し黙っていた大月教授が声を上げた。

 

「そうか、あれがレンズだと言うのか、だとすると直径100メートルの光学式天体望遠鏡な訳だな。」

 

この問いにナザレはいつものようにクスッと笑った。

 

「さすがに天文学者ね、でも驚くのはまだ早いようよ。」

 

ナザレが話を終える頃、丁度地下に着いたようで、音も無くエレベーターの扉は開いた。

 

「や~、待っていたよ。狩野君、まさか君の星一番の天文学者をクローンとして再生出来るとは、驚いたよ。さ、私にもその方を紹介しておくれ。」

 

「あ、す、すみません。僕の恩師で、地球の天文学の権威です。こちらが大月教授です。教授、こちらがこの星の天文学の第一人者ロジさんです。」

 

大月教授が一歩前へ歩み寄り、深々と頭を下げた。

 

「ロジさん、この度はお手を煩わせて申し訳ない。ですが、狩野君の力にどうかなっ

ていただきたい。」

 

頭を下げた大月教授をキョトンとした目で見ながらロジさんは答えた。

 

「その頭を下げるというのは、狩野君の星、地球ではどういった意味があるのかな?風習の違いだね。それはともかく、大月教授も学者なら、私の気持ちの高まりは察しがつきませんか?」

 

 ロジさんは一行を部屋の中で招き入れ、歩きながら続けた。

 

「私一人ではどうにも解決出来ず、宇宙の謎はほぼ全て解明してしまったと思っていたのが、この星の天文学者です。とっくに知的生命体との出会いは諦めていた、その全てが、今回の狩野君と大月教授の一挙手一投足を注視しています。それ程関心の高い事をお二人がおっしゃっているのです。ですから私は一研究者として、このプロジェクトに関われる事に誇りを持っています。そして感謝もしています。こちらこそありがとうございます。私で力になれる事はなんなりと。」

 

挨拶と済ませると二人は分かり合えた喜びからがっちりと手をつないだ。手をつなぐという行為は地球もこの星も大差が無いらしい。

 

「では大月教授、現在大月教授が理解している範囲での情報をいただけませんか?」

 

「分かりました。その前に、知識のすり合わせが必要なのではないですか?宇宙の構成単位として、銀河という単語があります。まずはこの星、星の名は何というのですか?ともかくこの星と地球は同じ銀河に所属していて、その互いの距離は光のスピードで15年掛かる程度です。そしてその方向は地球から言うのなら、その銀河の中

心方向、いて座の矮小銀河の方向です。ですから、この星から地球を探す場合にはまず矮小銀河を探し銀河中心からこの星まで直線を引き、更にこの星を越えてから15光年先に地球がある筈です。ですが疑問が、この距離にもしも本当に存在するのなら地球の電波式望遠鏡でも、この星の先程拝見した光学式望遠鏡でも発見出来た筈、それが何故今まで見つからなかったのか?それが大きな疑問です。」

 

と大月教授が説明した。ロジさんもそれに応えた。

 

「まずこの星の名、それはこの星の言葉でケララと呼んでいる。だから今後は地球とケララという呼称で統一しましょう。しかし、母星の呼称とは他の惑星の存在を意識した時に初めて意識するものですな。それはさておき、銀河という呼称が1つの惑星群の呼称である。それもおよそ意味は共有出来る。例えばこういった惑星群の事を言っているのですね?」とロジさんは1枚の映像をその部屋にあるモニターに映し出した。

 

「アンドロメダだ。」

 

大月教授はポツリと言った。

 

「地球ではこの惑星群をアンドロメダというのですね。ケララの学説では我々の所属している惑星群もこのアンドロメダと瓜二つ、そういった意味では地球と一致しています。だが、大月教授のご指摘の通り、何故これ程に近い惑星を互いに発見出来なかったのか?そこに大きな疑問が私にも発生します。当然先程おっしゃった方向のその距離もケララの天文学者は探索しています。そして15光年程度であれば、地球の

大気の状態等をカラー映像で捕らえられる精度がこの星の天体望遠鏡にはあるのです。ですが未だに発見出来ていません。そして今日も早速、ナザレから連絡をもらった時点でその地点の角度で5度、距離で前後1光年ずつも探査しました。それでも見つかっていないのです。この点については大月教授はどう思われますか?」

 

大月教授は目をつむり黙って聞いていた。

 

「私の見解に入る前に、まずこの星の天体望遠鏡の性能を知りたい、守秘義務があるから教えられないというのであれば、それは遠慮させていただくが。」

 

ロジは笑いながら答えた。

 

「何も隠す事は有りません、では簡単にご説明させていただきます。まずこの天文台の入り口に有った池、これがレンズですが、当然1枚のレンズでは役には立たない、更に大きなレンズがこの惑星の大気圏外にある。それがこのレンズのライブ映像です。」とロジはモニターの画像を変えたすると大きな凸レンズ形の透明で巨大な物体が宇宙に浮いていた。

 

「これは、…」

 

狩野も大月教授も声をなくした。それ程巨大な構造物が宇宙空間にあった。「あちらのレンズで捉えた映像を更に地上のレンズで倍率補正を掛ける。それから我々の眼に見やすくする為の画像処理は全てコンピューター処理です。」

 

そこで大月教授は口を開いた。

 

「そうか、地上であれば高性能なレンズを追求し、口径を大きくしようとすればす

る程、レンズ自体の重みで歪む、それをこのケララの技術では、まず、ベースにケララそのものを利用して池のような構造にした。そして無重力の空間であれば重みそのものの規制から逃れられる。実に理想的な設計ですね。だがあれほどの素材をどうやって調達したのですか?まさか地上と宇宙を何回も行き来したのですか?」

 

「さすがに呑みこみが早いですな、その通り、口径を大きくするのにも重力がある以上限界を感じたのです。そして地上では土台がケララになっているのです。そして宇宙空間では彗星を利用しました。最初に氷で出来ている一部の彗星に狙いをつけ、そこにロケットを打ち込みます。そして噴射してケララの軌道上に搬送します。それを溶かしながら余計な成分を取り除き、成型します。そして周囲に位置や向きを変える為のジェット噴射装置をつけ、通信設備をつければ出来上がりです。この技術と後はデジタル解析精度の向上で100万光年先の惑星をカラー画像で捕らえる事が可能になりました。」

 

「素晴らしい、技術だし、発想だ。…ですが、そこに死角というのは無いのですか?」

 

「基本的には有りません、ただし、この惑星の衛星は太古の昔に他の小惑星と衝突するという大事件を起こしています。ですからこの星の衛星はいびつなのです。あれは衝突の名残です。そしてぶつかった小惑星は粉々になり、今はこのケララの周りを周回するアステロイドベルトを形成し……まさか、大月教授はその僅かなアステロイドベルトの向こうに地球があると…」

 

「その可能性は有りませんか?」

 

大月教授は謙虚にかつ自信ありげに尋ねた。

 

「馬鹿な、全天のほんの0.001%以下、その死角に知的生命体のすむ惑星が隠れてい

るのだとしたら?我々は何をやっていたのだ。」

 

ロジはその若手研究員らしき男性に大気圏外レンズの位置を修正するよう指示を出した。

 

「この作業には5分程掛かります。ですが、もしもこれで発見したとしたら、私は猛省します。研究者であれば、その僅かな可能性でも、可能性がある限り、確認するべきだった。」

 

ここで今まで沈黙していたブッダが口を開いた。

 

「ま~ま~ロジさん、今回の琢磨がワームホールを通って来た件にしろ、今まで発見出来なかった事にしろ、全て必然ですよ。見つからなかったという事は、機が熟していなかったと考える方が自然ですよ。これで地球が発見されれば、互いの星同士何かが始まります。それは互いの文明が成熟していないと単に混乱を招くだけと判断したのでしょう。きっと上の方がね」

 

とブッダはおどけて指を上に向けた。

 

「でも、ブッダ、僕が何か役目があるとは到底思えないんだけどな。」

 

「それは追々分かっていくと思うよ。焦る事は無い、ただ、琢磨が地球に帰る事でまた何かアクションが起こると思うんだ。」

 

そこに先程の研究員が興奮気味に割って入った。

「ロジさん、見つかりました。地球が、惑星の質量、大気の成分、水の量、全てケララと奇妙な程に一致しています。本当にそっくりです。まるで双子のような。」

 

 

「ね?」とブッダが皆に目配せをした。


第十八話 琢磨の決意

「ち、地球…、ロジさん、地球は画像で捉えられるのですか?」

 

「勿論、今お見せするよ。」

 

ロジさんはその若手の研究員に指示を出した。そしてモニターは瞬時に切り替わった。

 

「あぁ~、地球だ、」狩野は力なく声を絞り出した。

 

そこには紛れも無く地球が映し出された、その画像の鮮明さから、各大陸が充分に識別出来た。狩野は、まさか地球を再度見られるとは思っても見なかったのだろう。確かに今までも地球に帰還する計画は練っていた。だが、それは狩野自身半ば諦めていたのだった。それでも地球で待つフィアンセと再会を果たす為には諦める訳にも行かなかった。だがこうして自身の目でその姿を確認出来たのであった。

 

「大月教授、この二つの惑星間の距離を考えれば、今見ている映像は15年前の地球と思って間違い無いのですね?」

 

教授は少し考え、答えた。

 

「う~ん、分からん、そればかりは分からん、君は空間を移動させる装置にX、Y、Zの空間を指定する座標軸を設定した。だがそれにもう1つ、時間を指定すればタイムスリップも可能だと言っていた。だが実際にはそんな時間を指定する。スイッチは無かった。違うかね?」

 

狩野は黙って肯いた。

 

「だが狩野君、それでも君が時間軸を移動した可能性は無いかね?」

 

狩野は腕組みをし、考えていた。続けて大月教授は

 

「私はその可能性を捨てきれないのだ。」と皆に伝えた。

 

そこでブッダが割って入った。

 

「何故、そう思うのですか?」

 

「私は一度死んだ身だ、そして臨死体験というか、どっぷりあの世にも漬かって来た。するとあの世というのは不思議な物で、時間と距離、いや、時間と空間といった方が正しいのだろうか、それを意識するのが非常に困難なのです。勿論、ブッダさんはご存知でしょうが。そして今回狩野君が体験したワープという現象ももしかしたら、それに近い感覚なのかと思ってね。」

 

「確かにタイムスリップの可能性は否定出来ません、ですが、僕自身にはそのワープしている、まさにその最中の感覚はありません、記憶が無いのです。気付いたらこの星の地上で倒れていました。ですが、もしこれから帰れるとしても、もし帰還したとして、そこは1000年後の世界だったとしても僕は帰りたい。地球へ…」

 

「琢磨、心配するな、こうして正確な位置も掴んだんだ、帰れるさ。」

 

とブッダは珍しく優しく狩野に言葉をかけた。

 

「さ~、それじゃ本腰入れて旅支度だ。ロジさん、地球迄この星の一番早い宇宙船で何年掛かるんだい?」

 

「およそ30年かかります。つまり光速の半分までスピードは出せます。だが、ブッダ、まさか大統領のあなたがその宇宙船に乗り込んで出かけるおつもりではないのでしょうな。」

 

「あれ?まずいかな?」

 

「お父様、まずいどころかこの星はどうなるのです。後継者は?」

 

「そんなに心配するなよ、ヒットが居るじゃないか、彼なら人格的にも、能力的にも文句無しだ。」

 

「確かにヒットさんなら…でもお父様、私はどうなるの?この星で一人で暮らすのですか?たった一人の身内のお父様がそんな帰れるかどうかも分からない旅に出るのなんて、誰を頼りにしたらよいか…」

 

「何言っているんだ、ナザレ、お前も行くんだよ。お前は長旅では必ず皆の力になれる、何より僕がそんなにお前と離れるのに耐えられないよ。」

 

「ぶ、ブッダ、わざわざ僕の為に、貴方まで行かなくても…」

 

「馬鹿だな、僕は今まで人の為に、なんて何かしたことないんだよ、今回も自分の為だ、今まで地球がケララから見つからなく、そして僕が生きている今、見つかった事には、必ず意味がある。その意味が何なのか、その答えも見つけに行くんだよ。」

 

「そ、そうなのですか、大月教授はどう思われますか?」

 

「う~ん、わしはその意味がどうこうというのは分からん、いわゆる科学の概念から外れているのでな、だが私が再生された意味は君を地球に送り届ける事だ、その為にはブッダは旅の仲間としては非常に頼もしい仲間ではないのかな?」

 

「さすが大月教授、物分りがいいのですね。」

 

諦めたようにナザレは話をまとめる様に話題をふった。

 

「ロジさん、こうなるとお父様は誰の言う事も聞かなくなるわ、諦めて下さい。お父様、人選はどうしますか?」

 

「その前にロジさん、その宇宙船の操縦は?」

 

「目標だけ設定すれば、後は皆コールドスリープに入って戴いて結構です。」

 

「つまり現地に着くまでは大した手間は無いという事だね?では現地に着いてからが問題だ、僕とナザレ、大月教授と勿論、琢磨、それと考古学のエキスパートを一人メンバーに加えていただけないかな?」

 

興味深げに大月教授は聞いた。

 

「考古学、それはどういう意味ですかな?一見、今回の事には関連が無いように見えますが。」

 

「それは聞かないでくれ、僕はいつも思いつきなんだ。でもきっと役にたつよ。では旅支度を始めますか?ご家族にお別れを済まして今から12時間後に宇宙に行く、軌道エレベーターに集合だ。」

 

そこにロジが慌てて入った。

 

「ち、ちょっと待ってくれ、私は今回の旅のメンバーには加えていただけないのかな?」

「え!でもロジさん、あなたにはご家族が…、往復60年の旅ですよ。ご家族との今生の別れになる事を意味していますよ。」

 

「ナザレ、君の言いたい事は分かる。だが、私の家族は皆立派に成長した。妻は、今は孫達の世話など楽しんでいる。私はここ何十年も大きな発見の無い科学者だ。今回の発見は控えめに見てもここ100年に一回あるかないかの大発見だ。そのプロジェクトにはどうしても参加し、事の成り行きを見守りたいのだ。万一のトラブルがあった場合にもきっと役に立つ、だから頼むから加えてくれ。」

 

「ロジさん…、お父様はいかがかしら?」

 

「僕は勿論賛成だよ。ロジさんどうか我々パーティーを支えて下さいな。よし、メンバーは決まったね。それじゃ12時間後にエレベーターだよ。」

 

 

そしてそれぞれの思いを胸に天文台を後にした。


第十九話 旅支度

「お父様、さ、早く琢磨さん達はもうきっと待っているわよ。」

 

「そういうなよ、ナザレ、往復60年の旅だろ?1日の遅れがどうした。たいした事無いさ。」

 

「もうお父様はいつもそうなんだから、なら私は先に軌道エレベーターに向かいます。遅れたらお父様を置いて出発しますから、そのつもりで居て下さいね。」

 

とナザレプイっと向きを変えスタスタと歩き出した。

 

「ち、ちょっと待っておくれよ、分かったよ。」

 

ブッダは慌てて準備のピッチを上げた。

 

「もう、出来るなら最初からして下さいな。」

 

「お!その言い方お母さんそっくりだよ。お母さんも一緒に行こうな。」

 

とブッダは位牌のような一枚のプレートを鞄の中にそっと入れた。

 

 「ブッダ達遅いな、とっくに皆は集まっているのに。」

 

「すまんね、狩野さん。ブッダの時間の単位はダイタイなんだ。あの男はこちらとあ

ちらの世界とを自由に行き来しているだろう。すると時間にあまり意味を見出さなくなるらしい。と言い訳をしていたよ。あ、それと今回の旅のパーティーとなる男を紹介しよう。まだ若手だがこの星の考古学に精通しているエキスパートだ。ハルさんだ。」

 

「皆さん、宜しくお願いします。ハルと申します。まだこの旅に加わった意味すら分からないのですが、ロジさんに楽しい旅になるぞと言われて参加を決意しました。宜しくお願いします。」

 

「ロジさん、本当に良いのですか?そんな曖昧な説明で。彼はまだ若い。コチラでやり残したことがあるのでは…」

 

「大月教授、心配されなくても結構です。彼はブッダのファンなのです。ですから彼と60年一緒の旅に参加出来るだけでこの旅に参加する立派な動機らしいのです。」

 

「は、はい私はブッダ様の信者です。間違い有りません。」

 

「幻滅しなければいいけど…」

 

「これ、狩野君余計な事を…」

 

「いや、結構ですよ。大月教授、彼自身の眼で判断すればいい。ハルさん、感動のご対面まで待たせてすまんね。ブッダとは今回初めてですか?」

 

「いや以前、一度ブッダ様の演説を聞いて感動しました。その時以来です。あの時のブッダ様の雄姿ときたら精悍でりりしく、かつ勇猛果敢、彼こそ…」

 

「お~いナザレ待ってくれよ。まだ準備が、」

 

「お父様、早くお洋服のボタンを閉めて、口にものが入りながらしゃべるのは止めて下さい。」

 

「わ、わかったよ。」

 

「あ、お父様、裾を引きずっていますよ。」

 

「あ、しまった。」

 

「皆さん、本当にすみませんお父様が見ての通りで。」と息を切らせながらナザレは

謝った。

 

「や!皆お待たせしたね。」

 

「ブッダ、どんなに格好つけても今は格好つかないよ。」

 

「そ、そうか琢磨、言うじゃないか。あれ?そちらは?」

 

「ハルさん、口が開いているよ。」

 

「あ、す、すみません私は考古学を研究しているハルと言います。ブッダ様には一度

演説の時にお目にかかっています。その演説を聞いてからすっかりファンになっています。誰が何と言っても絶対ファンです。宜しくお願いします。」

 

「生憎僕は弟子が取らない主義だけど、じゃ~お友達だね。よろしく。」

 

顔を赤らめながらハルは手を差し出した

 

「こ、こちらこそ宜しくお願いします。」

 

「では皆も揃った所でエレベーターに乗ろう。」

 

そしてブッダ達は雲の中に消えていく直系10メートル程の管の中に入った。その管の中には椅子やテーブル更にトイレらしい部屋、一通りの生活できるスペースは有った。

「このエレベーターでどこまで行くのですかな?」

 

「ナザレ説明してあげてくれるかい?」

 

「はいロジさん。このエレベーターでは地上から約36000㌔まで上がります。このエレベーターは当初は時速100キロ程度までしか上げられませんが徐々にスピードが上がります。ですから宇宙船の発車基地までは、約2日で到達します。」

 

「二日!?それなら地上から宇宙船を発車した方がロスが無いんじゃないのかい?」

 

「この星でも過去にはそういった時もあったわ、でも、大気圏を突破するという事は宇宙船の寿命を著しく縮める事になるわ。更に言うと宇宙の長旅の中で2日のロスは

ロスに入らない程度とも考えられるわね。」

 

「ほら、僕がさっき言った通りだ。」

 

ナザレはギロッとブッダを睨んだ。

 

「ご、ご免よ。そういった意味じゃ~…」

 

「とにかくこの狭いスペースでの二日間ですから皆さんせめて寛いで下さいな。お父様以外はね。」

 

「な、ナザレそんなにブッダをいじめるなよ、ブッダも反省してるから。」

 

ナザレの後ろではブッダがそうだそうだと口を動かしていた。

 

「琢磨さん、お父様はこんな事で堪える器じゃないわよ、今きっと私の後ろで琢磨さんを応援してるわね。」

 

ブッダはびっくりして口を塞いだ。

 

「凄いな、ナザレは後ろに眼が有るみたいだ。」

 

そこにロジさんが割って入った。

 

「ではこれからの日程や手順を説明させていただけるかな、また何かご意見があったら、そこもすり合わせる必要があるからね。」

 

 

そして旅の面々は二日間の密室での旅を楽しんだ。これから始まる長旅の、それも地球は勿論ケララの歴史を振り返っても例の無い緊張感たっぷりな旅の筈だった。だがその皆の思いつめた様な表情もブッダのお陰で自然と吹き飛んでいた。


第二十話 旅立ち

「これがケララの最新の宇宙船だ。」

 

「これが宇宙船って、ただの白くて丸い球体じゃないですか。これで本当に推進力があるのですか?」

 

狩野の感想にも無理が無い、実際にこのケララの最新鋭の宇宙船は直径20m程、羽も無ければエンジンらしき物も見当たらない。ただの球体が宇宙ステーションのドッグの上に載せられていた。

 

「こう見えて光の半分のスピードまで出せるんだよ。更に言うとスピードを上げれば上げる程、スペースダストや小惑星との衝突を回避出来なくなるのだが、それをかわす事は不可能だ、だがもし当たったとしても摩擦抵抗を極力少なくする処理をしている為、滑ってかわすんだよ。それも進行方向だけでなく、全ての方向に塵の類が当たっても滑ってかわせるんだよ。そこに突起や角があるとそこに衝撃が加わり宇宙船が傷むんだね、ケララでは、光速に近づけば近づく程に宇宙船は球体に近くなっていったよ。」

 

へ~と琢磨は興味津々だった。そこに大月教授が口を挟んだ。

 

「推進力は何で賄っているのですかな?」

 

「液体燃料です。」「そんな馬鹿な、液体燃料の燃焼効率をいくら上げても光の半

分のスピードに達する筈は…」

 

少しロジの顔は笑ったように見えた。

 

「その通り、通常のやり方では限界がありますね。だから私達は推進装置の後ろに仮想の反射板を付けたんだ。そして宇宙船と一緒にその壁は移動し、その推進力を受け止める。つまり気体の中を泳いでも風が吹くだけで、自分を前に進める力にはならない、でも液体の中なら泳げるだろう?それは自らの力を受け止める抵抗があるから前に進むんだね。更にそのエネルギーは壁と推進装置の間にどんどん溜まって行くんだ。」

 

狩野はつぶやくように話し始めた。

 

「油圧ポンプ…そうだ油圧ポンプの原理だね。あれを使えば人の力でも車だって持ち上げられる。」

 

「狩野君!その通りだ。原理は分かったが、だがその反射板の理屈が分からんね。」

 

「大月教授、教授の母星、地球では、3次元までで検証が終わっていますか?」

 

「いや、4次元や多層次元、パラレルワールドなんてものはまだ研究はしているが、実証は何も出来ていない、そういった意味ではおとぎ話みないなものです。」

 

「そうですか、そこをブレークスルーしないとこの反射板についてはご説明しにくいものなのです。これもブッダ達僧侶が、こちらとあの世に頻繁に行き来しているから分かる事です。」

 

「それは、あの世とは4次元空間であるとおっしゃっているのですかな?」

 

「その通り、4次元であり、ある意味パラレルでもあります。少なくとも時間の概念があの世には無いのです。」

 

「科学と宗教の線引きが曖昧になるとは…」

 

「大月教授、宗教と科学はお友達ですね。」

 

と狩野が合いの手を入れると

 

「ぷっ!」っと一同一斉に吹き出した。

 

それはブッダが言うのならともかく物理学のトップと思われる狩野が言うと、とてもユーモラスであったからだ。

 

「それでは皆さん、これからコールドスリープに入って戴きます。地球まではオートパイロットで到達します。また凍眠自体は、地球の惑星系である太陽系内に入った時点で解除されるように設定致します。また途中非常事態の際にも、自動で解除されるようになっています。約30年程の旅ですが、ご存知の通り、この宇宙船は光速の半分のスピードで巡航します。その分時間は遅く流れます。およそ24年しか時間は流れません。ですが、皆さんは眠りについているのですから自覚はありません。また冬眠中は基本的には肉体の老化も進みませんのでご安心下さい。では動き出します。ハル君、起動してくれ。」

 

「はい!」

 

とハルが元気よく返事をして数秒後、宇宙船内に微かな作動音が聞こえた。

 

「ち、ちょっと待ってくれ。」

 

と狩野が横やりをいれた。

 

「この宇宙船の名前は無いのかい?地球の古典的な漫画でもアルカディアとか、ヤマトとか。格好いい名前があるもんだよ。」

 

ハルが少し考えた。

 

「それなら、アスカはどうでしょう?」

 

「飛鳥?それは我々母国語にもある言葉だ。ケララにもその言葉があるのですかな?」

 

「はい、アスカとは、希望という意味です。」

 

「希望か…耳慣れない発音でも無いし、大月教授いいと思いませんか?あ、それと大月教授にもコールドスリープ中にケララの歴史と言語の学習を設定出来るかい?」

 

「もう、その設定済みよ。」

 

「さ、さすがナザレだな~。よしアスカ号の出発だ。」

 

「琢磨は何もしないくせに。」

 

「う、うるさいな~、ブッダは大人しくしていると思ったら。」

 

「おや?琢磨地球に帰れると分かって興奮しているね。よししばらくお別れだけど。コールドスリープ中に出来る事は各自準備しておいてくれ。ではロジさん、本当に出発だ。」

 

すると宇宙船は、何のショックを出さずに動き出したようだ。

 

「ハルさん、ケララの姿はモニターで見れないかい?」

 

「はい、それでは前方のモニターに映し出します。」

 

「そっくりだ…」

 

「え!?狩野さん、何に似ているのですか?」

 

「地球にだよ、アステロイドベルトがあって衛星が赤い。それ以外は陸と海の比率もそっくりだよ。」

 

 

そして間も無くケララは白い点となり見えなくなった。そして皆はそれぞれの思いを胸にベッドに横たわり眠りに就いた。


第二十一話 虫の報せ

「美和子、それじゃ~行ってくるよ。」

 

「はい、いってらっしゃい。」

 

「何かお土産は~、どうせお前は食べ物しか喜べないもんな。」

 

美和子は誰が見ても分かるように頬を膨らませてムっとした。

 

「何よ、あたしが食欲しかないみたいじゃない、別に天然のダイヤだっていいわよ。高~い奴ね、指輪と合わせてコーディネートが出来るネックレスがいいわね。」

 

狩野もわかりやすく怖気づいた。

 

「これは失敗した。いつもの奴を買っていくね。中華まんでいいね。」

 

美和子はフン!と鼻を鳴らした

 

「仕方ないわね、しがない研究員と結婚したんだから勘弁してあげるわ。」

 

「そ、そういうなよ。それじゃ~言ってくるね。」

 

「あ、あなた、帰りはいつ?」

 

「お?今回は少し長いけど、今度の水曜日に帰るよ。だから6日だね。」

 

「勿論今月よね?」

 

「当たり前だろ?9月の6日だ。」

 

「は~い、気をつけてね。怪我しないように、ハンカチ持った?」

 

狩野はいつものあれかという顔をした

 

「はいはい、ハンカチもティッシュも持ったよ。じゃね。」‥‥‥

 

 

「わこ!」‥‥‥

 

「みわこ」‥‥‥「美和子ったら~」

 

「うるさいな~、何!?」

 

不機嫌そうに美和子は身を起こした。

 

「もう、美和子ったら、もう休憩時間は終わったよ、さっきから部長が不機嫌そうな顔してるから、そろそろ仕事に戻りな。」

 

「あ、ありがとう、華子。華子不思議な夢をみたの、」

 

「え!?」

 

「琢磨が出張から帰ってくるって、しかも9月6日に。」

 

華子は困った顔をした。

 

「美和子、いい!狩野さんは、宇宙で、分かってるでしょ?もう1年以上も経つのよ。現実を見なさい。」

 

「分かってるわよ、でもね、私はまだ琢磨が死んだと到底思えないのよ。実感が湧かないの。」

 

「いいのよ、私も言葉が過ぎたわ、9月6日か、後3日ね。いい報せがあると良いわね。」

 

「うん、ありがと、さ、仕事仕事。」

 

 

美和子はいつもの日常に戻り、仕事を始めた。


第二十二話 長旅の末に

「皆さん、太陽系圏内まで後230秒、お時間です。お時間です。起床時にはすぐに体を起こさず、まずは体の動きをお確かめ下さい。室温は少しずつ上昇します。繰り返します。太陽系圏内まで、後210秒。起床のお時間です。」

 

冷たい電子アナウンスの後、皆のコールドスリープ用のベッドの蓋が音も経てずに開いた。

 

「いやぁ~眠りから覚めると、何か不思議な感覚だ。」

 

最初に体を起こしたのは、ブッダであった。

 

「みんな~起きろ~!朝だよ~!ん!?宇宙では朝も何もないか、時間だよ~。」

 

皆やっと起き上がってきたようだ。次に起きてきたのは大月教授だった。

 

「いや~、体の節々が痛いものですな。おや、皆はまだのようですな。」

 

「はい、そのようですね、でも、色々あったけど、なんとか辿り着きましたね。」

 

「まったく、一時はどうなることか‥‥。私も諦めかけました。それはともかく、コールドスリープが解けたという事は、そろそろ太陽系が近いという事ですな。」

 

「はい、後三日程で地球に到着予定です。」

 

そこへ寝ぼけ眼の狩野がのそのそと割って入ってきた。

 

「ふぁ~、おはようございます。いよいよですね。」

 

「遅いぞ、琢磨。」

 

「ブッダと教授は早いですね、僕はそれよりお腹が空いたかな~。」

 

「皆さん、お食事の準備が整いましたよ、さ、こちらへどうぞ。」

 

「さ、さすがナザレだな~、手際がいいや。」

 

「違うわ、私のタイマーだけ少し早めに設定しておいたの。」

 

「ハルさん、何か太陽系の惑星はモニターで見れないのかい?」

 

「え~と、ちょっとお待ち下さい。後130程で太陽系の一番外側の惑星‥う~ん小惑星と言っても良いレベルの星ですね。そこを通過します。ではスクリーンをどうぞ。」

 

黄色、いや明るい茶色だろうか?一つの衛星も含めてスクリーンに映された。

 

「冥王星か‥」と大月教授が呟いた。

 

「そういった名前なのですね、早速、情報としてインプットしておきます。ついでに太陽系のその他の天体も名称を教えていただけますか?」

 

「よし、それではわしらは少し別室に行ってくるよ。」

 

「あ、教授、ご飯は?」

 

「再加熱出来るかい?地球ではチンしておくれと言うんだよ。」

 

「分かりました、温めなおせば良いのですね。」

 

「頼むよ~」そして二人は別室に消えていった。

 

 そしてその頃、日本の国立天文台では…。

 

「長官!お報せしたい事が‥」

 

「なんだね?ここではまずいのかね?」

 

「はい、出来れば現時点では内密に。」

 

「そうか、では私の部屋に行こう、そこなら盗聴もありえんからね。」‥‥

 

「で、どういった事だね?」

 

「実は、非常に早いスピードで、地球に向かっている未確認の物体が飛来してきています。」

 

「ただの小惑星ではないという言い方だね。」

 

「はい、ハワイのすばる望遠鏡が捉えた写真をお見せします。これです。」

 

「綺麗な球体だ、しかも白い、だが宇宙船のようにも見えないが‥」

 

「ですがこのような早いスピードで、地球に向かって進んでくるこの物体には何か意思のようなものが感じられます。」

 

「このままのスピードで地球に向かうと到着予定はどのくらいだね?」

 

「はい、後三日もありません。」

 

「事が事だけに正確に言いなさい。」

 

「は、スピードに変化が無いとして、後、70時間52分で地球に到着予定です。」

 

NASAから連絡は?」

 

「今の所何も‥」

 

「よし、私は総理にこの話を相談した上で、NASAに報告するか、中国の宇宙局に先に報告するか相談する。君は通常通りの業務を行いたまえ。」

 

「は!」

 

(第3次世界大戦が始まるか?という時に、未知との遭遇とは‥これも何かの運命か‥)

 

狩野が地球から消息を絶ってから約1年、世界情勢は不安定要因を抱え、かつ中国、ロシア派と、アメリカ、EU派とでも世界は真っ二つに分かれていた。そしてそんな中、日本はアメリカべったりでは、中国の機嫌も損ねると国益を損ね、大国双方の思惑に板ばさみ状態であった。また北朝鮮と韓国は統合し、ほほ中国の属国扱いで、反日世論を巧みに操り、中国の先遣部隊化してしまい、日本に対する挑発行為を繰り返

 

していた。更に、台湾は中国に組み込まれるか?それとも日本の道州制の中で活路を見出すか?台湾も混乱し、それも極東アジアでは不安定要因の一つであった。


第二十三話 再来

「琢磨!地球が見えたぞ。」

 

「ほ、本当かい!?」

 

「ほら、拡大も出来るそうだよ。ハル、頼むよ。」

 

宇宙船のモニターに地球が大写しになった。

 

「美しい星だね。」

 

「ケララの望遠鏡でそれこそ何万と惑星を見てきたけど、これ程綺麗な星はケララ以外には見たことが無かった。ケララも地球も奇跡の星なんだね。そこに生まれてきた事に感謝しなくてはいけないかもしれないね。」

 

「ロジさん、ありがとう、僕も大切にしなきゃと外から地球を見て改めて思ったよ。あとどれくらいなんだい?」

 

「はい、先程火星を通過したので間もなく地球到着です。地球に到着したら地球の軌道上を周回する手筈ですが、変更はありませんね」

 

「あぁ、それでいいとも。」

 

狩野が慌てて自分の荷物を確認しに走っていった。そしてすぐに戻ってきた。

 

「これこれ、これが無いと地球と交信出来ない。ナンシー頼むぜ。それと僕がタイムスリップしてませんように。」

 

「琢磨、もしフィアンセと再会したとしても、しなくても、琢磨の生れた時代と例え違うとしてもそれには必ず意味がある。僕は滅多な事は言わない性質だけど、これだけは信じて欲しい、全てを受け入れなさい。そしてどんな時でも琢磨のお役目を果たすんだ。分かるね。」

 

「ありがとう、ブッダ、例えタイムスリップしていなくても、僕のフィアンセはもう小じわの目立つお年頃になっているよ。だから、全てを受け入れる覚悟は出来ているよ。でもこの間、コールドスリープの最中に不思議な夢を見たんだ、その中でフィアンセは当時と変わらない姿だったよ。吉兆だといいね。」

 

「そうだな。」

 

「間もなく地球に到着します。地球上の周回軌道で安定するまで、皆さんご着席下さい。」

 

一同は素早く着席した。

 

「ハルさん、頼むよ。」

 

「はは、オートパイロットですからご心配なく。」

 

そしてアスカは無事地球の周回軌道に着いた。その時、アスカの船内に警告音が鳴り響いた。

「地球より、核弾頭を積んでいると思われるミサイルが発射されました。繰り返します、地球よりミサイルが発信されました。」

 

「ハルさん、回避は出来るかい?」

 

「はい、あの程度のスピードならこちらにしてみると問題ありません、回避でよろしいですね?」

 

「いや、この場合は回避しても次から次へと飛んできて煩わしいからそのまま受け止めてもらっていいかい?」

 

「ぶ、ブッダ!大丈夫なのかい?一発一つの国が滅んでしまうレベルの兵器だと思うよ。」

 

と狩野が慌てて確認した。

 

「なんの、アスカはケララの最新鋭の宇宙船だよ。こういう場合は力の差を見せ付けた方がいいんだよ、頼むよハル。」

 

「分かりました、それでは衝突まで、後1分です。」

 

「それなりのショックはあると思いますから、飲み物なんかは手で持っていてください。」

 

「しかし、手荒なお出迎えだな~。」

 

「ナンシーで通話出来るかは分からないけど、こちらから電話してみるよ。」

 

「衝突まで後10秒、987654321。」

 

衝突と同時にズーンと重たい爆発音が小さく聞こえた。だが宇宙船が揺れる事もなく、ただそれだけだった。

 

「な、大丈夫だろ?あのレベルの兵器はケララでは300年前の技術だ。」

 

「本当だね、では早速電話してみる‥」

 

「おい、琢磨ちょっと待て、もう1発来たぞ、だが狙いはこちらかい?」

 

「いえ、もっと近くのこの大陸が予想着弾点です。」

 

「インドだ‥ブッダ、パキスタンからインドに核ミサイルを打ったようだな。」

「馬鹿な、そんな事をしたら、世界大戦だ。」

 

とハルが告げた。

 

「インドに着弾しました。」

 

宇宙から見てもわかる程のきのこ雲が立ち上った。

 

「なんとかこれ以上の連鎖は止めないと、とりあえず、ナンシーで電話をしてみます。」

 

静かな船内にコール音が微かに鳴り響いた。

 

「はい、」

 

「美和子か?俺だ!琢磨だよ。」

 

「どちらにお掛けですか?」

 

相手は冷たく答えた。

 

「くそ、もうこの番号は美和子じゃないのか?」

 

「美和子~、なんかあんたの電話出たらなんか言っているよ、タクマがなんとか‥」

 

「え!?琢磨!?馬鹿!琢磨ったらフィアンセの狩野さんよ。」

 

「え!、だって狩野さんは宇宙で‥」

 

「もういいから変わって、琢磨?本当に琢磨なの?」

 

「あぁ、そうさ、美和子帰ってきたよ。」

 

「帰って来たって、あなた今どこに居るの?」

 

「日本でも話題になってないかい?変な白い球体が地球に接近して、周回を始めたって。」

 

「もうその話題で持ちきりよ、それとパキスタンがインドに核攻撃したって、世界大戦が始まるんじゃないか?ってパニックになっているわ。なにしろ琢磨は今その白い宇宙船の中に居るのね?とりあえず宇宙船に対する攻撃を止めるよう、手配してみる、テレビ局かしら、どうやったら総理大臣に伝わるのかしら?」

 

「美和子落ち着いて、とりあえずテレビ局に電話してごらん?きっと相談にのってくれるから。」

 

「わ、わかったわ、琢磨、本当に琢磨なのよね?」

 

「疑り深いな、そうだよ、狩野琢磨だよ。ちょっと遠くから帰ってきた。ところで美和子、今、地球は西暦何年なんだい?それだけ教えて欲しい。」

 

「え!?変なこと聞くのね、西暦2028年よ、琢磨が失踪してから約1年経ってるの。そんな事より一回電話切るわよ。早く攻撃を止めさせなきゃ。」

 

「う、うん、そうだね。そうか2028年か、じゃ、また後で。」

 

「うん、そうね、琢磨‥」

 

「ん?なんだい?」

 

「帰ってきてくれてありがと。」

 

「どういたしまして。自分の蒔いた種ですから。」

 

「そうね、あんたが変な機械を作るから、ともかくそれじゃ、後で。」

 

「うん、後で。」

 

そして琢磨は通話を終えた。

 

「皆!あれから1年しか経ってないって、年の差カップル不成立だ。やったー!」

 

「狩野君、良かったな。」

 

「はい、大月教授。まさかこうなるとは、つまり僕は過去にタイムスリップしていたんですね。」

 

「そうゆう事だな、という事は‥」

 

「皆さん!大変です!」

 

「どうしたんだいハルさん。」

 

「あ、あれを‥‥」

 

 

それは美しくも幻想的な風景だった。地球の各大陸から、核弾頭を積んでいると思われるミサイルが、目測でも1000発以上、それが美しい孤を描き、放物線を描いていた。これから始まる惨劇のプロローグとしては余りにも静かで、しかも造形美といっても良い程の美しい風景をそのミサイルの噴煙は作り出していた。


第二十四話 敵は誰?

「な、なんてことだ、300年前のケララと同じではないか。」

 

とロジがうめくように呟いた。

 

「こういう事か。みんな!僕の後ろで列を作り僕の肩に手を置いてくれ。」

 

「ブ、ブッダ!な、何をする気だい?」

 

「琢磨、説明している暇は無い、いいから早く。」

 

「皆さん、父の言う通りにしてください。きっと父はこういう時は考え無しに物を言う人ではありません。」

 

そして皆はブッダの後ろに回り、背後からブッダの肩に手を置いた。

 

「いいか!今からあの爆弾達を無能力化させる、勿論、上の人達の力も借りるが、生身の人間の念の方が何倍も力強いんだ。イメージしろ、爆弾よ消えろ!それでいい、眼をつぶり、爆弾を脳内で映像化し、消えていくイメージを強く持つんだ。」

 

そしてブッダは顔の眼で手を合わせ、そして眼をつぶり

 

「ハッ!」と声を上げた。

 

「まだだ!もう一回、みんな、頼む、力を貸してくれ。」

 

そして再度ブッダは声を上げた。そしてゆっくりと眼を開けた。

 

「ハル、どうだい?」「ブッダ様、成功です。い、いや、待ってください。一箇所だけ煙が上がっています。小さな島々が集まった地域です。」

 

「く、くそ~。上手くいったと思ったんだが‥。」

 

「おおお~!」

 

突如狩野が大きく声を上げた。

 

「どうしたんだい?狩野君?」

 

大月教授がロジに、手で待てのサインを出した。

 

「今、煙が上がっているのは狩野君の国の住んでいた地域、首都東京だ。大陸からのミサイルが首都を直撃したらしい。」

 

「まさか‥」

 

「ナザレさん、そのまさかじゃよ、狩野君のフィアンセはその東京に住んでいた筈だ。」

 

「教授、ミサイルはこれで打ち止めですか?」

 

とブッダが聞いた。

 

「いや、残念ながら、地球を何十回も焼き尽くすだけのミサイルを各国が保有している。だが、日本は、狩野君の故郷は過去の反省から、核兵器を持たない国で、唯一の被爆国だったのだが‥‥、歴史は繰り返されてしまった。人間は何も変わっとらんのだな。」

 

そしてブッダが静かに話し始めた。

 

「僕は久しぶりに怒っている。自身の力の無さに、そして人間の愚かさにだ。ケララでの悲劇をこの地球では何としても繰り返させちゃいけない。僕が、この旅のメンバーに加わった意味はそれだ。神は僕にそれをしろと言っている。みんな、もう一度力を貸してくれ。ハル!あの燃え盛る都市にアスカを降下させる。インプットを頼む。そしてみんなはこう念じてくれ、耳をかたむけろ。と。」

 

狩野は皆に背を向け、煙をただ呆然と立ち尽くし眺めるのみだった。

 

「ブッダ様、準備が整いました。」

 

「よし、みんなさっきの位置に回ってくれ。」

 

皆はサッとブッダの背後に回った。そして狩野も涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらヨロヨロと危うい足取りでブッダの背中に辿り着きブッダの肩を握り締め、そして皆に決意の視線を送った。アスカはゆっくりと地球に降下していった。大気圏に進入する際に摩擦も起こらず、ただゆっくりと降下した。それはまるで大気が宇宙船を避けるように、モーゼが起こした奇跡のように大気が割れたのであった。そしてブッダは沸騰寸前の怒りを押し殺し、静かに念じ始めた。

 

「地球の者よ、私はブッダ、争いを止めなさい。私はブッダ。」

 

地上で火災から逃げ惑う人々は、そのメッセージを聞き、ふと立ち止まり、顔を上げた。すると火災はさ~っとフィルムを巻き戻すかのように、火は引いていき鎮火した。アスカは燃え盛る首都東京のど真ん中にゆっくりと、あくまでもゆっくりと降りていった。東京を覆いつくす炎はアスカの接近ともに見る見る鎮火した。このブッダの魂の叫びは、全世界の人類に向けて一斉に発信した。起きている者には耳元やイメージで、寝ている者には夢の中で、様々な形で皆が受け止めた。

 

「私はブッダ、無意味な争いはやめなさい、勝者の居ない争いを止めなさい。そして、愛する者を守る術を考えなさい。敵は居ない。敵は憎む心です。隣人を救いなさい。そして異国の人類の思いを想像するのだ。敵国もあなたと同様、隣人を愛している。憎むべきはなんなのか?これが最後のチャンスだ。私はブッダ、争いを止めなさい。」

 

ここまで言い終えるとブッダはグラッと倒れかけた。だが狩野がそれを押さえ抱きかかえた。ブッダは気絶しているようだ。

 

「ブッダありがと、君の魂の叫びは僕の胸にも届いたよ。」

 

するとアメリカ大統領がロシア、中国に声明を発表するとニュースが流れた。

 

「狩野さん、アメリカという国のトップが声明を発表するようです。メインモニターにそれを流します。」

 

アスカ船内のモニターにアメリカの大統領らしき人物が大写しになった。

 

「ロシア、そして中国の国々の代表よ、今のメッセージは届いたのだろうか?我々は相手を憎む余りに地球を破壊しかけた。それをブッダという者が止めてくれたのか?釈迦の生まれ変わりなのか?真相は分からないが、全世界に同時に一つのメッセージが送られたようだ。インドと東京は残念な結果に終わったが、不幸中の幸いか、その後一斉に放たれた核ミサイルは、日本でしか起爆しなかった。日本にとっては、また悲劇が繰り返される事になってしまったが、お陰で世界は破滅から逃れるチャンスをいただいた、どうだろうか?どうか冷静になっていただきたい、休戦協定を結ぶ用意が我が国にはある。そしてその協定締結後には世界は一つになろうではないか?国連本部は、不幸にも二回も被爆国になった日本にあるべきだ、そして世界中で、日本の復興支援をしようではないか。」

アメリカの大統領の演説が終わると、狩野は搾り出すように声を出した。

 

「ぎ、犠牲を出さなければ僕らは気付けないのか?そして何故、日本なのか、ブッダ教えてくれ。何故日本は二回も被爆しなくてはいけないんだ。」

 

横になっていたブッダはナザレの手を借りて身を起こした。

 

「た、琢磨、すまない、僕の力が足りなかった。だが何故君の祖国だけ起爆装置を解除出来なかったのか、僕にも分からないんだ。すまない。」

 

「ブッダさん、あんたが悪いんじゃない、それ所か、地球はあなたによって救われた。狩野君も分かっているんだよ。」

 

大月教授が狩野の肩をさすりながらブッダに告げた。

 

「教授、ありがと、だがすまない、僕は眠りたい、少しやすんでもいいかい‥‥。」

 

そういい終えるとブッダはスッと目を閉じた。

 

「教授、とにかく僕は美和子の家に行って見る。きっと美和子は待っている。僕には分かる。感じるんだ。」

 

「狩野さん、分かりました。僕らは宇宙船の周りに救助を待っている人が居ないか、手分けして探してみます。何をしてるんです。もうアスカのタラップは開けてあります。さ、早く、フィアンセが待っているんでしょ。」

 

「あ、ありがと!ハルさん。みんな、それじゃ必ず戻るから、地球は皆がこんな暴力的じゃないんだ。分かって欲しい。」

 

「狩野君、大丈夫だ。地球がどんな星かは君を見ていれば分かる。さ、おいき。」

 

「ロジさん‥‥ありがとう。ナザレ、ブッダは頼んだよ。」

 

「はい、お父様は大丈夫です。」

 

 

皆に一言ずつ言い終えると狩野は走ってアスカを飛び出した。


第二十五話 くそ喰らえ

まず狩野はナンシーで美和子に電話をしてみた。だが、コール音すらしなかった。

 

「くそ~!」

 

そして狩野は、周囲を見渡し、現在位置を確認した。

 

(ここは‥丸の内か、美和子の住む荻窪まで約10キロ、皇居を迂回して新宿通り、そして青梅街道でいけばいいか、だが走っていっても時間が掛かる。何か手は無いか?)

 

すると自転車の後ろで座り込んでいる老婆が狩野の目に留まった。

(あれだ!)

 

「お婆ちゃん、この自転車を僕に売ってくれないか?」

 

そして狩野は内ポケットから財布を取り出した。

 

「ごめん、今僕は5万円しかないんだ。なんとかこれで、お願いです。」

 

狩野は深々と頭を下げた。

 

「事情は分からないけど、あたしゃ~今どうしていいか分からないんだよ、あの自転車は新品で買ったってそんなにしない物だよ。分かっていっているんだね?」

 

「う、うん。実は婚約者が家で僕を待っているんだ。」

 

「そうかい、あたしの旦那様はさっき息を引き取ったよ。別れは辛いね、そういう事ならお金は要らないよ。持っていきな。」

 

狩野は再度頭を下げた。

 

「お婆ちゃんありがと。急ぐから、ごめんね。」

 

そして狩野は自転車にまたがり、ガラスの飛び散り、そんじょそこらがぶすぶすと燻ぶっている道をまずは皇居に向かった。すると周囲の携帯電話を持っている生き残った被災者が叫んだ。

 

「おい!ロシアと中国の代表が共同で声明を出すらしいぞ。」

 

しかし狩野にはそんな周囲からの情報は一切耳に入らなかった。狩野は呼びかけた、そして自問自答していた。

 

(どうして僕は帰ってこれたんだ。そして何故今東京はこんな有様なんだ。)

 

「我々、ロシアと中国は‥」

 

(美和子!生きていてくれ!)

 

「この度の核弾頭発射は偶発的な軍部のテロが重なり‥」

 

(俺は今向かっている。頼む!諦めないでくれ。)

 

「実行犯は先程捉えた。そして自身の個人的な判断との自供もとれた。言うまでも

無く、アメリカの提案に我々も従う用意がある。」

 

(美和子!頼む!)

 

「終戦後は日本に国連本部を置くという提案にも同意する。ただし事務総長については‥」

 

(美和子!)

 

「日本には中立の立場を強く求める。」

 

(みわ‥‥‥お願いだ。)

 

そして狩野は新宿を何とか抜け、青梅街道に入った。

 

(よし後は環7を越えれば。)

 

そして狩野は普段は昇る事の無い、陸橋を昇った。

 

(よし、これを越えれば荻窪だ。)

 

美和子の家は駅から歩いて5分ほどの20階建てのマンションで、その陸橋からはそのマンションが目に入るはずだった。そして狩野は急な坂道を登り、そして見渡した。

 

(あった!)

 

美和子のマンションは確かに目に付いた。そしてその周囲に林立する他のマンションもそこから見る分には問題が無かった。そして狩野は燃えている車や、倒れている

人、そして瓦礫に注意しながらその坂を下っていった。

 

(よし、その交差点を曲がれば、すぐに着く。)

 

そして角を曲がり、狩野が目にしたのは、ガラスは飛び散り、タイルは剥がれ落ち、やけに風通しの良くなりあまりにも変わり果て、朽ち果てたマンション郡達だった。


第二十六話 骸を超えて

マンションの前に着くと、狩野は自転車から飛び降り、外部にある階段を駆け上がった。

 

503号…美和子待っていろよ。)

すると階段の途中には焼け焦げ、ぶすぶすと燻ぶっているマンションの住人だろうか?その亡骸が横たわっていた。クラッシックの漫画で裸足のゲンという漫画があったが、そこに出てくる原爆の被災者達は、皮が熔けて垂れ下がりそれでも歩いている様を描写していたが、今回の爆弾は爆心地からおよそ10キロ離れているにも関わらず一瞬の内にまる焦げになってしまっていたようだ。狩野は目を背け、一礼した後、その遺体を跨いで先へ向かった。そして5階に着き503号室は階段のすぐ傍だった。そして狩野がそこへ目を向けると扉が開いていた。

 

「美和子~!!」

 

狩野は叫びながら部屋へ駆け込んだ。部屋の中は惨憺たる状況だった。ガラスは跡形も無く熔け去り、そしてそこかしこはまだ煙を吐き出していた。だが部屋には誰も

居ない。寝室の扉が閉まっていたので、狩野は扉を開けようとドアノブを握った。

 

「あ!」

 

ドアノブはまだ高温を維持していたので狩野の手を焼いた。

 

「美和子!ドアを蹴り飛ばすぞ!」

 

一応確認をとった後、狩野はドアを蹴り破った。その中は居間に比べればまだましだが、一度火災が発生した事は見てとれた。だがそこに美和子は居なかった。狩野は部屋中を美和子の名を呼び探したがそこには誰も居なかった。狩野はそれから両隣の家も生存者を探してみたが、誰も居なかった。

 

(もしかしたら病院に運び込まれたのか?)

 

狩野は一度マンションを出る事にした。そしてその敷地と言っても塀は倒れて境界線が曖昧になったマンションを出た。すると前を焦って走り去ろうとする男が居た。

 

「ま、待ってくれ。」

 

狩野は焦って声を上げた。すると男は面倒臭そうに走るのを止めた。

 

「き、聞きたい事がある。」

 

明らかに不機嫌な顔をして男はやっと口を開いた。

 

「なんだい!?」

 

狩野は男の強い口調に驚きながら、質問をした。

 

「せ、生存者は居ないのかい?このマンションには誰も居なかった。あるのは死体だけだったんだ。」

 

またそれか?という意味なのか男は呆れて言い返した。

 

「さっきから生存者に会えば、皆その質問ばかりなんだ、俺だって身内を捜してる、もう勘弁してくれ!」

 

狩野は申し訳なさそうな顔をした。

 

「ご、ごめんよ、でも僕のフィアンセがここに‥‥」

 

男は諦めた様子で語りだした。

 

「いいか、お前がどこから来たか知らないが、東京には広島型の約10倍程度の爆弾が朝鮮半島から撃たれたと言われている。そしてここは爆心地から約10キロ、半径15キロ圏内は表に出ていればほぼ100%、コンクリートの屋内に居ても、控えめに見ても過半数の日本人が死んだ、だが奇跡的に助かった人も勿論相当数居る、その

人達は辛うじて病院が機能している爆心地から35キロ以上離れた地区に移送されだしている。ちなみにこの地区の生存者は八王子の病院に担ぎ込まれたそうだ。これでいいか?」

 

「あ、ありがとう。」

 

狩野は深々と頭を下げた。

 

「こんな時だ、言い方は勘弁してくれ。あんたも逢えるといいな。じゃ。」

 

と言うだけ言ってその男はまた走っていった。

 

(八王子か、今度は自転車でと言ってもこりゃ結構かかるぞ。)

 

 

そして狩野は先程乗り捨てた自転車にまたがったその瞬間どこかで聞いた声が狩野を呼んだ。


第二十七話 運命の意図

駆け足でハルが船内に入ってきた。

 

「ブッダ様、狩野さんの国の代表という方々が、沢山の兵隊を連れていらっしゃいました。」

 

ブッダは少し休み、いくらか回復したようで、

ゆっくりと体を起こした。それをロジが後ろから支えた。

 

「ありがと、もう大丈夫だ。普通に歩けるよ。」

 

そしてブッダは辺りを見渡した。

 

「大月教授は?」

 

「先に船外に出て、経緯を説明してくるとおっしゃっていました。」

 

「そうか、僕らも表に出よう、琢磨の故郷の代表だ、きちんと挨拶しなくては。」

 

そしてブッダ一行は表に出た。するとブッダは立ち止まりナザレの方を向いた。

 

「ナザレ、琢磨がこれから少し困る、フーガに乗り、助けてあげてくれないか?」

 

琢磨が振り向くと、ナザレがフーガに乗りこちらに向かっていた。

 

「お父様が、琢磨さんが困っているから助けてあげなさいって‥‥。」

 

「凄いな、ブッダが何でもお見通しだ。」

 

「実はこれから琢磨さんの故郷の代表と会談するそうよ。」

 

「日本の首相と会うのかい?ブッダはいつもの調子で失礼な事言わないかな?心配だ。」

 

「大丈夫よ、ああ見えてお父様はケララの代表よ。うまくこなすと思うわ。」

 

ブッダは日本の代表と思われる男の前に向かった。するとその周囲を取り囲んでいたSPと思われる男達はさっと手を胸に入れた。

 

「大丈夫、人を見る目を養いなさい。あの方の纏っている雰囲気は友好そのものだし、

かなりのインテリだよ。格好に騙されては駄目だ。」

 

するとブッダの後ろに着いて来た大月教授が先に間に入った。

 

「総理、こちらは、先程お話した、地球から15光年離れた惑星の代表、ブッダ様です。」

 

ブッダは深々と頭を下げた。

 

「私はブッダと申します、大月教授にご紹介されたように、その星の代表を

務めております。今回はどなたのお導きかは分かりませんが、地球と我々の星とで友好条約が結ばれればと願い、参りました。それはともかく、この度は、このように

多大なる被害を被りお悔やみ申し上げます。、これから復興までの道筋は容易でない事でしょう。その点についても我々で協力出来る事は是非協力させていただきます。」

と流暢な日本語で話した。

 

「ブッダさん、いつ日本語を‥‥。」

 

「日本語だけじゃないよ、英語と中国語、フランス語も少しかじったかな?

何しろ、長旅だったからね。」

 

とウインクした。

 

「これは驚いた、予習済みという事ですな、私はこの国の代表を務めている剣持と申します。正直好戦的な種族では?と心配もしましたが、我々と何も変わらない、

そんな星がそんな近くにあったとは。これからも是非宜しくお願い致します。

今後の親交については我々としても通訳を通さず、ダイレクトにお話が出来るのは願

ったり叶ったりです。それでは参りましょう、指揮系統は地下に確保しています。」

 

「申し訳ありませせん、その前にやる事があります。ケララに放射能除去装置の図面があります。それをお渡ししますので、早速取り掛かって下さい、地球の技術レベルなら問題無い。すぐに作れる筈です。」

 

「ほ、本当ですか!?感謝致します。」

 

ブッダは胸元から、ビニールシートの巻物のような物を手渡した。

 

「これに全て記してあります。また、サイズについての単位は全て地球で言うセンチとミリに変換してあります。」

 

「何から何まで、本当にありがとうございます。いつかこのご恩は…。」

 

「気にしないで欲しい、僕は全ての事は自分の為にやっているんだ、喜ぶ相手の

顔を見るのが嬉しいんだ。それだけなのです。」

 

総理は黙って頭を下げた。

 

「それはそうと、ブッダ様、」

 

「いや、様は止めて欲しい、ブッダでいいよ。」

 

「ではブッダさん、これで勘弁して下さい、参りましょう。」

 

 

そして一行は日本が用意した装甲車に乗り、アスカから離れた。


第二十八話 光と影

「ありがとう、ナザレ、これから35キロ先の病院まで行こうと思っていたんだが、ここに来る間で自転車のタイヤは熔けて駄目になるし、正直どうしようと思っていたんだ。」

 

「そこにフィアンセの方がいらっしゃるのね?」

「…分からない、でも住んでいた場所には誰も居なかった。」

 

「大丈夫よ、きっと逢えるわ、そうでなければお父様がここに行けとは言わないもの。」

 

「うん、ありがとう。」

 

そしてフーガでは全速に近い、60キロ程スピードを出しながらも八王子まで40分程かかり八王子に着いた。道中で市役所の場所を確認し、まず狩野達は、市役所に向かった。そして荻窪地域から担ぎ込まれた患者の収容されている病院に何とか辿り着いた。荻窪を出てから小一時間程たっていた。

 

病院は戦場の様で、誰がどこに、といった整理された状態とはとても言えなかった。琢磨は看護婦さんとすれ違う度に、

 

「小泉美和子、ここに居ると思うんですが、」

 

と聞いたが、看護婦も

 

「ごめんなさい、誰がどこにというのはこちらでも殆んど分かっていないの、自身の身分を証明出来るIDカードを身に着けていた方は、ベッドの横にそれをぶら下げ

てあるからそれを確認して、また身元不明な方は大部屋にまとめているわ、もしも判明しているほうにいらっしゃらなかったら、その大部屋を探してみて。」

 

と早口で言い残し、駆け足で次の部屋に入っていった。狩野は覚悟を決めてナザレに告げた。

 

「ナザレ。このカードに小泉美和子、この文字で書いてあるこのカードの患者を探してくれないか?」

 

「はい、分かりました。見つけたらまたすぐに教えるわ、ここは手分けした方が早そうね。そうしましょ。」

 

「う、うん分かったそうしよう。」

 

血と消毒液の入り混じった臭いで満たされた院内を二人は身元が判明されている小部屋から探した。だが約1時間かけて探したが見つからなかった。

 

移動中の車内では新たな発見があった。

 

「ではブッダさん、あなたは先程自身の星をケララとおっしゃいましたが、地球にも

 

ケララという地名はありますし、日本と同様被爆したのもケララというインドの州です。」

 

ブッダはあきらかに驚いた顔をした。

 

「驚いた、この星にもケララという地名があるのですね。まさか地球でケララという

言葉を日本の代表の口から聞くとは思わなかった。」

 

「ブッダ、 私は科学者だ。生まれ変わりとか輪廻転生というものは一切地球では証明出来ていない。だからそれを信じる事は立場上出来ない。だがブッダというあなたのお名前もそうだが、あまりにも偶然とは言えない事が多過ぎる。これは何かあると思った方が自然だ。」

 

と大月教授が語った。するとロジも流暢な日本語で語りだした。

 

「宗教と科学、これはケララでも主導権を争った経緯が有る。だがケララでは今、宗教と科学は手を取り合い共に研究しているよ。地球ももしかしたらそうなるのかもしれないね。」

 

明らかに気持ちが高揚しているブッダは続けた。

 

「大月教授、地球にもブッダという、僕と同姓同名の方がいらしたのですね。」

 

「はい、地球でも広く信仰されている仏教という宗教をおよそ2000年前に啓いた

方だよ。その教祖がお釈迦様とかブッダと言われている。ブッダ、あなたと同じお名前だね。これが偶然なのかね。」

 

「そうか、それで琢磨は僕が自己紹介した時に驚いた顔をしたんだね。そのブッダという地球の人物の姿形は何か残っていないのですか?一度見てみたい。」

 

そこで早速剣持首相は手配をしたようだ。

 

「ブッダさん、今、現代に残っている仏陀に関する資料を用意させている。もうそろそろ首相官邸に着く頃だ。」

 

そして厳重に周囲を取り囲まれた一行は皇居の地下に有る。シェルター、その中にある臨時の首相官邸に入っていった。

 

狩野とナザレはIDカードで判別されている部屋を離れ、身元不明な方々が収容されている大部屋に移った。そこはまさにこの世の地獄であった。泣き崩れる親族、痛みに耐えかね、叫びだす様、そして次から次へとそこの部屋に移された生存者達は亡くなっていった。

 

「な、ナザレ、嫌な思いをさせて本当にすまない。」

 

「いいのよ、琢磨、これからどうなろうと気丈にね。」

 

「う、うんありがと、大丈夫だ。なんてったって僕は地球に帰ってこれたんだから。」

 

そして二人は、その部屋を隈なく探した、だが、皆、包帯だらけで、顔の判別が出来る人の方が稀であった。ここではないのか?そんな諦めた雰囲気の中、狩野の右側の視界にキラッと眩しい光が射した。狩野はふっとその方向を見た。それはベッドからダラリと落ちた。線の細い腕の先に付いている指輪だった。

 

(あれは‥‥。)

 

狩野はフラフラと引き寄せられるようにそのベッドに向かった。

 

(間違いない。婚約指輪だ。僕が美和子にプレゼントした‥。)

 

そのベッドの横に狩野は辿り着くと力無く声を掛けた。

 

「み、美和子か?」

 

ベッドに横たわっていたのは女性のようであったが体中を包帯に覆われていた。そしてか細い声で狩野の呼びかけに応じた。

 

「その声は、た、琢磨!?」

 

と今にも消え入りそうなしゃがれ声を上げた。

 

「ああ、そうだ。帰ってきたよ。会えて良かった。」

 

「でも久しぶりなのに、私、目も見えないの、決して美男子と言えない琢磨の顔も見れないわ。」

 

美和子は決して饒舌に話せる状態では無い筈だが、琢磨を安心させたいのか、軽口を叩いてみせた。

 

「でも、た、琢磨、私死ぬみたい、さっきからなんかおかしいの、周りをおじいちゃんやお婆ちゃんが囲んで私に微笑みかけてる。もう何年も前に亡くなっているのに、お迎えかな。」

 

「美和子、やめろ、せっかく帰ってきたんだ。24年も掛けて‥、おまえにもう一度会いたくて‥」

 

「逢えたじゃない、私も最後に琢磨の声を聞けて良かった。」

 

「み、美和子。最後なのか?ほ、本当に。」

 

美和子は黙って肯いた。

 

「手を握ってもいいかい?」

 

美和子はダラリと落ちていた手を震えながら持ち上げた。琢磨は両手でそれを受け止め、包み込んだ。

 

「琢磨、ありがとう。私、信じてたよ。琢磨が帰って来るって、みんなに馬鹿にされたけど、でもあなたを信じていてよかっ‥‥。」

 

「み、美和子。」

 

ナザレは耐え切れず下を向いた。狩野は顔を美和子のお腹に押し付け泣き、叫んだ。

だが誰にも迷惑を掛けていなかったし目立つ訳でもなかった。そう、その部屋ではそこかしこで皆、阿鼻叫喚の声を挙げていたからだ。

 

  


第二十九話 必然

「どれだけ泣いていたんだい。」

 

狩野はナザレに聞いた。

 

「それ程でも‥地球の単位で10分程よ。」

 

「そ、そっか、何か時間の感覚が無くて‥。」

 

「当たり前よ、悲しい時は我慢するものじゃないわ。私もお母様を亡くした時は、しばらく当たり前が出来なかった、身内を亡くすという事はそれ程の事だと思うわ。増してや琢磨さんの場合は‥、私でも想像がつかないわ。」

 

「それが不思議と今は穏やかで、落ち着いているんだ。現実を受け止めたって訳でもないし、でも会えて良かった心からそう思ってる。諦めなくて良かったってね。」

 

 狩野はナザレを見ていた視線を宙に向け呟いた。

 

「それはともかくブッダはやらかしてないかな?」

 

 地下のシェルターに入るとブッダ達は応接室だろうか、一室に通された。

 

「ブッダさん、さ、ここに仏陀に関する資料が揃えてある。ご覧になって下さい。」

 

「ありがとう、早速見させてもらうよ。」

 

ブッダは仏教の経典や、仏像の写真、インドやチベットでの修行僧の写真等を見ていた。そして一つの資料で手を止めた。

 

「もう疑わなくて良さそうだ。僕は前世のいつか、この星で暮らしていた、多分2000年程前なのだろうね。そして僕の前世がブッダである事も間違いない。これで僕の多くの疑問が解決したよ。僕の記憶に有るケララ以外の風景、香り、そして臭い、確かに夢の中で僕は、この格好をしていたよ。」

 

ブッダは菩提樹の木の下で寝そべるお釈迦様の絵を指し示しそう言った。

 

ブッダは続けた。 

 

「そうすると地球とケララは今も昔も非物理次元ではお付き合いがあったと言える。だがそれは精神世界の中、そこだけのお付き合いだろうか?ハル、ケララの神話を

かいつまんで地球の皆さんにお話出来ないだろうか?」

 

「は、はい。ケララの創造についての伝承ハビス伝についてでよろしいですか?」

 

「うん、結構だ。ざっとでいいからね。」

 

ハルは立ち上がり正確に伝えたいのかゆっくりと話し始めた。

 

「ケララでの我々種族はおよそ7.000万年前から始まったそうです。その当時のケララには我々のような人と呼べる生命体は居なかった。少し高い所から物を言うようですが、知的生命体は居なかったのだそうです。ですが7.000万年前のある日、他の惑

星から、ここでは人類と定義させていただきますが、人類は宇宙船に乗ってやってきた。そうなっています。」

 

ここでブッダが口を挟んだ。

 

「あくまでも伝承で、記録も無い。だがそうやって語り継がれてきた話の類なんだ。だが僕とロジさんのような宗教家、科学者はそれを実証すべく何とかその母星を

捜そうと努力してきたんだ。だが見つからなかった。正直僕もロジさんも諦めていたと言うのが本音だろう。ごめんよ。ハル続けて。」

 

「はい、そしてその母星の人々は何故他所の星に引っ越してきたのか、それは最終戦争で星そのものの環境を修復出来ない程に破壊してしまった為なのだそうです。そし

てその星の中枢に居た人々は、その親族と宇宙船に乗り、ケララに辿り着いたそうです。ですが他の星に行ったのは一つのグループだけでは無かったそうです。それが反主流派のエイデムとエーヴェという男女だったそうです。しかし同じ惑星系に有った生命体が生息可能な星は、その当時、大きくかつ凶暴な生命体で人では太刀打ち出来ない程強大だった生物がその星を支配していたそうです。あくまでも言い伝えですが、

それは人の何十倍も身長が有ったと聞いています。そこは到底人類が住める惑星では無かったそうなのです。そこで主流派は比較的小動物の楽園であった事を事前にリサーチしていたケララへ、そして反主流派の二人は何とか地球で生き残る為に、悪魔の計画を立てました。それは小惑星を地球に衝突させ、一時的に地球の環境を破壊する事、そしてその巨大生物を絶滅させるという事でした。そして…」

 

そこへ剣持総理が間に割って入った。

 

「ち、ちょっと待ってくれ、それは地球の史実にも近い。

7000万年前に小惑星が地球に衝突し、その当時栄華を極めた恐竜が絶滅したと聞

いている。それは地球の歴史なのでしょうか?」

 

ハルは黙って頷いた。

 

「ブッダ様は既にお気づきのようですが、僕もそうだと思っています。その地球以外に過去、文明のあった星はこの惑星系には無かったのですか?

 

「一つの隣の星、火星に文明の痕跡が近年次々と見つかっている。そして先ほどのエイデムとエーヴェというのはアダムとイヴという地球の神話に出てくる登場人物に発音が似ている。まさか…。そ、その星の名は?

 

「メルス、と我々は聞いています。」

 

「メルス…、マーズ、火星…。」

 

剣持総理は押し黙った。ブッダが語り始めた。

 

「つまりケララと地球の人類、そのルーツはメルス、一緒なのです。だから仲良くなろう、なれない、そんな問題ではなく、元々兄弟のような間柄だったのです。総理、僕もこれから何とか地球の為に何か出来ないか模索してみる。だからどうか皆さん、この度は残念な事態となってしまった、だが絶望しないで欲しい。ケララもそこから立ち直ったのだから。」

 

とブッダが皆を諭した。だが地球の事もそうだが実はブッダは拓馬の事を本当は心配していた。

 

「よしナザレもう大丈夫だ。皆の所へ戻ろう。そして東京の復興に少しでも力を尽くすんだ。」

 

「拓馬さん、無理なさらないで、でも皆心配しているでしょうから一度戻りますか?」

 

「うん、そうしよう。」

 

そう言って拓馬は美和子の指輪をそっと引き抜き、

そして優しくその傷ついた掌を撫でた。

 

「美和子、この指輪は僕が持っていてもいいだろう?これからもいつも見守っていてくれ。」

 

二人は病院を後にし、ブッダ達と合流した。

 

ブッダはその後1年掛けてアスカの仲間達と地球中を

巡礼の旅に出た。どこに行っても仏陀の再来と歓迎、崇められ、そしてブッダはそれをことごとく否定していた。

 

イタリアでの出来事だったが、ブッダは演説を頼まれた。

 

「僕は他の星から来た。そしてこの星でも有名だったそうだが仏陀という人物の生まれ変わりのようだ。だが僕は神では無い。僕はあなた達を導く事も出来ない。進むべき道を決めるのもあなた方だ。言うなれば神は皆それぞれが神と言っても良いのだ。また悪魔だって誰もがなれる、だからその悪魔とやらに負けないで欲しい。僕は思う。せめて、何かを願うのなら自分でも他人でもどうでもいい、僕に言わせれば他人も自

分もそう対して違わない。だからお願いだから平和を、平和を願って欲しい。それで地球は変わる。たったそれだけでいい。」

 

このメッセージは中継で地球上をくまなく一周した。

 

特筆すべきはこの1年間、地球上のどの地域でも紛争、戦争の類は起きなかった。

 

それはまさしくブッダの願いを地球人類が共有した証と言えた。

 

そしてブッダ達は長旅を終え、アスカを保管している日本の成田空港に向かった。

 

日本に着く事。それはブッダ達との別れを意味していた。

 

「総理、ありがとう。僕は僕の星での失敗を教訓とし、そして地球での被害を最小限に食い止める事が出来た。僕のご先祖様の過ちを、その罪をこの地球で少しは償えた気がする。本当にありがとう。」

 

「何をおっしゃいますか、我々地球人は宇宙の孤児だと嘆いていた。それこそ奇跡の星だと、だが遠く離れた星にも我々の兄弟が居る事を教えてくれた。これからもよろしくお願い致したい。」

 

「おっしゃる通りで、そのお言葉はこちらからそっくりお返ししたい。こちらこそ感謝で一杯なのです。本当にありがとう。」

 

続けてブッダは大月教授に語りだした。

 

「教授、僕は余計な事をしたのかもしれない。返って辛い思いをさせてしまったのかもしれない。だが、幸か不幸か、あなたにはお役目が有る。天寿を全うしていないのです。だからこれからも琢磨と協力してワープ航法出来る術を開発し是非、何度でもケララに来ていただきたい。僕はそれを強く願っています。」

 

「必ず。それに死んでも後悔ばかりで、苦しんでいた私を

救ってくれたのは紛れも無いあなただよ。ありがとう。」

 

と言った後、大月教授は深々と頭を下げた。

 

そしてブッダは少し下を向いた。

 

そして次に顔を上げた時には、いつもの涙もろいブッダだった。

 

「拓磨!お前と別れるのは正直辛いけど、でもここがお前の生まれ故郷だ。早く装置を開発してケララに遊びに来い。分かってるな~!」

 

「ぶ、ブッダ~、泣くなよ、別れが辛くなるじゃないか~。」

 

二人は抱き合った。

 

「琢磨さん、また会えますね。お父様、そんなに泣かないの。拓馬さんが辛いでしょ?」

 

「何言っているんだ。お前だって泣いてるじゃないか~!?」

 

「あら、やだ。私とした事が…。」

 

ナザレはハンカチで顔を拭った。

 

「ナザレ、君のお陰でケララでも一人ぼっちで寂しい思いをしないですんだ。君の笑顔が僕を常に励まし、そして救ってくれたんだ。ほ、本当に…。」

 

その後は狩野も続けられなくなっていた。

 

「琢磨さん…そんな事言わないで下さい…。」

 

ナザレも泣きだした。そして三人で肩を抱き合った。

 

「さ、ブッダ、ナザレさん、別れは辛いものだ。だが必ず会える、再会出来るんだよ。

それを信じて待とうじゃないか。」

 

ロジの言葉で三人は離れ、そして堅く握手した。

 

「あの涙もろい所が、人情深い所が、ブッダ様の魅力ですね。そうですね、ロジさん。」

 

涙を拭いながらハルが言った。

 

「ああ、そうだな。だからブッダは皆に好かれているんだ。」

 

そしてケララから来た皆は何度も振り返りながら、

宇宙船のタラップを登った。そしてゆっくりとハッチは閉まっていった。

 

ブッダとナザレは下を向いていた。

 

ハルとロジは地球の皆に大きく手を振った。

琢磨はその場で泣き崩れていた。

そしてケラらの皆が宇宙船に消えた後、狩野は大月教授の耳元で何か囁き、何かを手渡した。

そしておもむろに宇宙船の下に走り出した。

 

「ブッダ様、出発の準備が整いました。席について…、ち、ちょっと待ってください。

琢磨さんが宇宙船の下で何か大声で叫んでいます。」

 

「え!琢磨が!?」

 

ナザレも、ロジまでもがモニターに駆け寄った。

 

「ま、マイクを入れてくれ。」

 

「はい!」

 

モニター脇のスピーカーから流れた。

 

「…くれ!…だから」

 

「聞き取りづらい、感度を上げてくれ!」

 

「はい!」

 

「連れて行ってくれ~!お願いだから連れて行ってくれ~!お願いだから~!」

 

狩野は涙で顔をくしゃくしゃにしながら叫び続けていた。ブッダは皆の顔を見回した。皆も勿論頷いた。

 

「ハル、ハッチを開けてくれるか?」

 

「勿論です。」

 

皆搭乗口まで駆けつけた。そして狩野は皆と抱き合った。

 

「お願いだから連れて行ってくれ。みんなと別れたくないんだ!」

 

「拓馬、でも地球でワームホールの開発はどうするんだ?」

 

「僕の研究の成果は全て大月教授に託した。教授ならどうにでも出来る。」

 

「琢磨、本当にいいんだな!今度こそ帰れないかもしれないぞ。」

 

「大丈夫さ!でも…でも仕事有るかな。」

 

いつもの琢磨に戻り、一同はぷっと吹き出した。

 

「心配するな、そんなのどうにでもなる。」

 

狩野の涙も乾く前に、狩野は喜びの方が大きく。皆との再会を楽しんだ。

 

「よし、それじゃ~!アスカの出発だ。」

 

「何にもしない癖に。」

 

「う、うるさいな、自分だって~。」

 

そうして狩野が片手を勢いよく振り上げ出発の合図をすると、

 

その時チャリンと音がした。

 

それは美和子の指輪だった。

 

それを見たブッダはにやっと笑った。

 

「琢磨、その指輪を見てご覧?どうやっても取れない程に複雑に絡んだ髪の毛が絡まっているだろう?」

 

「あ、本当だ。」

 

狩野はそれを見て肩を落とした。

 

「落ち込む事ないさ、僕に聞いてご覧、小泉美和子は天寿を全うしたのかな?って。」

 

元気の無い狩野に見る見る生気が満ちた。

 

「お父様、それって。」

 

「ま、まさか。」

 

狩野はそれを言うだけで精一杯だった。

 

「あぁ、そのまさかだ。美和子さんは天寿どころか、もう一つ、二つお役目が有るようだよ。その答えはケララに帰ってからだ。

 

 

 完 ;"


おわりに

 

本当は私の書きたい物は現在の人間の醜さであり、近未来の地球の理想像だったのかもしれない。現在の科学の進歩は、ここ100年程快適さを追求し、その代償を地球に環境汚染というもので支払ってきた。しかし近年の異常気象を見れば分かる通り、そのつけは必ず我が身に降りかかるという事をそれでも地球は教えてくれている。また日本人の誇りや「恥を知る」という精神はどこへ行ってしまったのか?まずは、最初の一歩はまず自分を愛する事、そうすれば自殺なんてありないもんね。こうして連ねていくとどこぞの怪しい団体になりそうだが、政治、宗教、哲学。どれも紙一重。またすっぱり切っても矛盾が生ずる。物事を捉える時には常に切り口を多方面から。これを僕は大学の恩師に教わった。または立場を決めて物を決める事の危うさと力強さ。そんな事すら教えて下さった。物事は常にリンクしているというリンケージ理論は父親に教わった。そんな父はある政党の党員だ。それでも僕は常にリベラルでいた

 

い。多面的に物事を捉えバランスを取って歩きたい。それは決して自身の要求を貫く事には繋がらないのかもしれないが。この本の登場人物に僕は自由な発想を教わった気がする。自分の内面を曝け出すという作業には僕の場合にはならない。どこからか引っ張り出してくるそんな感覚を小説を書くという行為に僕は感じる。

 

 

 

 ともかく一度開いた風呂敷をしっかり畳み切る事の辛さをこの本を書き上げる最終話で味わった。登場人物との別れもまたしかり、辛いものだった。だが書き終えたその後瞬時に次の展開を考えている自分も居る。それもまた楽しいのだ。

 

 

 

 最後までこんな僕の稚拙な文章を読んで下さって皆さん本当に有難うございます。

 


奇跡の星~苔むした星編~

「緊急事態発生、緊急事態発生、コールドスリープを解除致します。起床後はまずゆっくりと体の動きを確認してください。」

 

およそ緊急事態を伝えるアナウンスとしてはふさわしくなくゆったりとした口調で船内のコンピューターは危機を伝えた。ケララを出発してから既に12年程、旅は丁度半ば程まで順調に進んでいた。旅の途中でも特に異常もなく、平穏な宇宙旅行だったのだが、長旅における初めての危機の報せだった。

 

「ふわ~、どうしたんだアスカ?」

 

ブッダはいつもの調子で船体の統括コンピューターに話しかけた。

 

「前方に小ぶりですが引力の強いブラックホールが突如出現しました。」

 

「え?それなら回避してれくれるかい?」

 

「回避不能です。アスカは今巡航速度で丁度光の半分程度までスピードを出しています。それを減速し更にブラックホールの引力から逃れられる出力がありません。」

 

「あら~、そうなのか、じゃ僕らは飲み込まれるのかい?」

 

「はい、後30分でブラックホールの中心部に到達する予定です。」

 

「ブ、ブッダ!何をアスカと呑気なやり取りしているんだい?」

 

と狩野がブッダに掴み掛らん勢いで叫んだ。

 

 

「おや、琢磨おはよう。」

 

「おはようじゃないだろう!どうにもならないのかい?」

 

「アスカがそう言うんだからそうなんだろう?」

 

「お父様、どうするの?」

 

「ナザレ、こんな時は流れに任せるのが一番だ。ハル、ブラックホールの中はどうなっているんだい?」

 

「はい、ブラックホールに飲み込まれて生還した人類はケララの歴史でも一人も居ません。ですが入ったら最後永久に出られずに重力でぺしゃんこという説や、ブラックホールはホワイトホールと繋がっていて別の時空に放り出されるという説もあります。膜宇宙同士を繋いでいるのがブラックホールとホワイトホールであるという説が有力です。大月教授、地球ではどんな見解でしたか?」

 

「う、うむ。地球はケララ以上に仮説にすぎないし研究すらほとんどされていない。だが膜宇宙であったり、ホワイトホールであったりは実際に観測なんてされてもいないのが現実だな。」

 

「そこらへんはケララも地球も大差ないのですな。」

 

「ロジさん、ケララでもそうなのですか?」

 

「はい、宇宙の全貌を解明しようとしてもあまりにも大きすぎて観測しようがない、

というのが現実でした。だいいち、光を発しないブラックホールの観測は至難の業でした。」

 

「よ~し、一か八かだ。でも僕は大丈夫だと思うよ。そんな気がする。」

 

「ほ、本当かよ?ブッダ~。」

 

「琢磨本当かなんて聞くな、僕だって分からないんだ、でも何とかなるさ。それくらいの方が気が楽だよ。もしもそんな凄い重力だったら痛みすら感じる暇もなくあの世行きさ。」

 

「お父様、琢磨さんはフィアンセに会いに行くのよ。そんな言い方って…。」

 

「いいよナザレ、僕も腹をくくったよ。別にブッダが悪いわけじゃないし。」

皆の混乱をよそにアスカは乾いた音声で危機を告げた。

 

「後、10分でブラックホール内部に突入します。皆さん、ご着席いただき、シートベルトをお締め下さい。」

 

アスカは加速度を付けながらブラックホール内部に入った。するとある地点から今度はスピードを緩めた。そして停止寸前のスピードから再度加速し始めた。

 

「ロジさん、今が中心で予想は後者が正解って訳かい?」

 

「そのようだねブッダ、つまりブラックホールは中心を境に今度はホワイトホールに繋がり、今度は引き寄せた物質を吐き出す性質があるようだ。」

 

そしてケララの加速は最高速度に達した。

 

 

「ブッダ様、ア、アスカのスピードは現在、光の99.9%に達しています。」

 

そしてまさに光速でブッダ達はホワイトホールから放り出された。

 

「ハル、現在地の確認を。」

 

「は、はい。」

 

ハルは計器の確認を手早く済ませた。

 

「す、すみません。故障したかもしれません。」

 

「何!?どういうことだい?」

「は、はい。測定値を一応読み上げます。現在ケララから1500億光年離れた時空に居るようです。」

 

1500億光年だと!地球の観察では宇宙の果てまで約450億光年というのが観測データーだったのだが、ありえない!本当に故障したのか?」

「大月教授、何も不思議はありませんよ。我々はブラックホール、そしてホワイトホールを経て、別の膜宇宙に飛ばされたのです。それなら納得出来ませんか?」

 

「本当にマルチバースがあったのか。」

 

「ど、どうしたらいいです?大月教授。」

 

「狩野君、うろたえるな、別に死んでしまった訳ではない。」

 

「そうだよ琢磨、これが偶然かい?ブラックホールが突然現れて、そして遠くの時空に放り出されたんだ。何か意図があるんじゃないかい。」

 

その時全員の意識に突如低い周波数の意思が届けられた。

 

(ニホンアシで歩く者たちよ。私があなた達を呼び寄せた。私は君らから見て100光年離れたまっすぐ前にある星雲だ。我々の次元では既に誰も肉体を持っていない。一人が全体で、全体が一部の意識の集合体だ。その私たちから肉体の有るあなた達にお願いがあって、呼び寄せた。)

 

「み、みんな、今の聞こえたかい?」

 

「し!琢磨、今のは非常に高次な存在だ。一応僕がコンタクトをとってみる。僕に任せてもらってもいいかい?」

 

皆は黙ってうなずいた。

 

(こちらはあなた方の言うニホンアシの集団だ。君らの方が肉体を持たず、高次な存在であることは理解しているつもりだ。下々の集まりである僕らに高次なあなたがどんな要件なんだい?)

 

(謙遜はよしなさい。君の名前はブッダと言ったね。君は、今は肉体を持ち修行しているがいずれ宇宙を代表する魂となろう。そんな君にしかこんなお願いは託せないし、肉体のある君たちだからこそ出来ることがある。今度ばかりは肉体が無ければ出来ないことなんだよ。)

 

(それ程にお困りならなんなりと、勿論僕に出来ることなんだろう?)

 

(決してたやすいお願いではない、だが君らならと思って呼び寄せたのだ。時間がないので早速お願いしたいのだがよいか?)

 

(ああ、だが皆にもこの会話は聞かせてるかい?あなたが悪い奴じゃないって皆にも知って安心してもらいたいんだ。)

 

(それは問題ない、君の宇宙船の皆に私の言葉は伝えている。お願いとは君らにある惑星に行ってほしい。そこにある植物が今この次元の宇宙全体を脅かしている。その植物に交渉に行って欲しいのだ。これ以上の繁殖は不要であるという私の見解を伝えてほしいのだ。)

 

(そうか、どんな植物だが知らないが繁殖能力の強い植物がその惑星を牛耳っているんだね?おやすい御用だ。それはどこにあるんだい?)

 

(私から見て右手、君らから見たら左手、そこに惑星系があるね、そこの第三惑星だ。)

 

「ハル、確認出来たか?」

 

「はい、第三惑星にルートを設定しました。10時の方向です。今その惑星をモニターに映します。皆さんもご覧になってください。」

 

アスカのモニターにその惑星が大写しになった。

 

「み、緑と茶色しかない。海がないのか?」

 

「狩野君は他の惑星系の観察はそれ程したことないのかね?、ケララの例の望遠鏡な

ら相当な数の惑星系の観察はできた。いずれも知的生命体の存在は認められなかったがね。だが緑が主(あるじ)である惑星そのものは別に珍しくない、場合によって緑の下に広大な海がある場合もあるがね。」

 

「そ、そうなんですね。僕はケララと地球しかしらないから、あの二つの星が基準になっていました。」

 

「では、着陸船で僕とロジさんとハル、この三人で大気圏に突入する。大月教授、琢磨、ナザレはアスカでこの惑星の周回軌道を維持してくれ。」

 

「え!大丈夫かい?ブッダ。」

 

「何言ってんだい琢磨、他の惑星を見たこともないお前が何か役に立つとでも思ってるのかい?」

 

とブッダはにやりと笑いながら琢磨をなだめた。

 

「それじゃ言ってくる。回線は開いておくから僕たちの状況は逐一把握できる筈だ。万が一の事があった場合には遠慮なく逃げてくれ。」

 

ブッダ達を乗せた着陸船は大気圏に突入する際に加速をつけて突破し、そしてゆっくりと軟着陸した。

 

「ハル、大気の成分を分析してくれ、宇宙服は要るかい?」

 

「はい、分析済みです。二酸化炭素が極端に少ないようですが、酸素はふんだんにあるようです。ですが、外気温がマイナス5度です。やはり一応着込んでいった方が良さそうです。」

 

「一応ここが赤道だよな?」

 

「はい、それでもこの気温のようですね。」

 

「僕は寒いとこは苦手なんだ、安請け合いするんじゃなかったな。それじゃハル、君はこの船を守ってくれ、いざとなったら遠慮なく、わかっているな。ロジさん付き合ってもらっていいかい。」

 

「勿論だよ、ブッダ、あなたと冒険できるんだ、光栄だ。」

 

着陸船のハッチが開き二人は船外に出た。この惑星は地面もそうだが高い山もほぼすべてが一面苔のような緑の植物に覆われていた。また茶色く見えた部分は苔が枯れた残骸のようだった。すると今度はブッダにだけその植物の全体意識であろう者からコンタクトがあった。それは先ほどの低いが落ち着いた声質の星雲とは違い、敵意に満ちた低く重い声だった。

 

(何しに来た?ニホンアシ。)

 

(何しに来たってよく分からないよ。だがあなた方を脅威に感じている方々が僕に君らの繁殖を抑えてこの惑星で満足してくれないか?って交渉してくれって頼まれたんだよ。)

 

(おかしなことを言う。お前らはこの宇宙とは違う次元の存在だろう?とっくにこの次元では肉体等もっておらず、皆昇華しているぞ。その他所の家で何を言っているのだ。)

 

(そうだね、君の言うとおりだ。僕は君らが何を思って、何が目的か知らずにここに来たんだ。話をしようじゃないか。)

 

(そんな必要はない。我らはこの星の生命体は食い尽くした。だからこの星のコアまで入り込み、そしてこの星を爆発させ、そして宇宙を彷徨い、そしてまた寄生する星を見つけ種の存続を願っている。それをニホンアシ、お前らのような低俗な存在が我らの邪魔をすると言うのか?)

 

「ぶ、ブッダ、既にコンタクトは始まっているんだね?」

 

「あぁ、結構頑固者だよ。」

 

「そ、そうかだが彼らは交渉に時間はあまりくれないみたいだよ。」

 

 

「え!?どういうことだい?」

ブッダは後ろから着いてきていたロジの居る後ろを振り返った。するとロジは既に足から膝の約10センチ上まで既に苔に寄生されていた。

 

「み、身動きできないんだよ。そして凄く寒い。」

 

ブッダは元の前方の中空に顔を振り叫んだ。

 

「ち、ちょっと待ってくれ、まだ話の途中じゃないか。冷静になってもいいんじゃないかな?」

 

(冷静だよ、ただ我々は飢えていたのだ、久々に寄生するニホンアシを見つけたのだ。それを食することの何が悪いんだ。お前らニホンアシだって四本や六本、時には八本足の生物を生きる為に食するだろう。我らも同じだ。もしもそれが嫌なら抵抗するがいい。その生存競争そのものが自然というものだ。)

 

(残念ながら僕らにはあなた方に抵抗する術が無い。そして君の言うとおり僕らも生きる為に他の生物を自身の体内に取り込んできた。だがそこに自然のバランスって奴を僕ら人類は常に考えてきた。時には乱獲しすぎて他の種を絶滅に追い込んだこともある。だがそれによって自然のバランスは著しく破壊された。結局そのつけは僕ら人類が払うことにようやく気付いたんだ。君らだってそうだろう?この星を見ろ、君ら以外の生命体は既に死滅している。いやこの星そのものが既に死にかけている。それは君らが自然のバランスを壊すかのように食べ尽くしたからだろう?この星の次に行く星も食べ尽くして、いやこの宇宙全体だっていつか食べ尽くすだろう?そうしたら君らに待っているのは絶滅じゃないのかい?)

 

(何をニホンアシごときが我らに説法か?知れたこと、この全宇宙を食べ尽くした後は次の宇宙に移れば良い。我らは純粋に種の繁栄を考えているだけだ。ほらこうしている間にお前の後ろに居るニホンアシは息も絶え絶えだ。だが安心せい、我らの生きる糧にお前らもなれるのだ。次はお前だ。)

 

ロジは既に意識を失いかけていた。すると大きな意思からのコンタクトが苔とブッダ双方にあった。

 

(ブッダよ。苔との問答は不要だ。苔には苔の道理があり、苔の言うとおり純粋に生存競争をしているだけじゃ。だがお前には苔に無い物があるだろう?それを活かすがいい。苔は馬鹿ではない。)

 

(え!どういう意味だい?)

 

ブッダは逸る気持ちを抑え考えた。だがそんな暇は与えないと言わんばかりに苔はブッダ達に襲い掛かってきた。

 

(ニホンアシよ、久々に会話したぞ礼を言う、今回の生を全うした反省の時間はもう良いか?)

 

(ま、待ってくれ、俺はいい、俺はいいから後ろに居るロジさんを助けてくれ、頼む。)

 

(可笑しなことを言うな、そんな妥協をする必要がどこにある。我らは圧倒的にお前らを上回る力がある。一呑みにすれば良いだけのことだ。)

 

(それはその通りだ。だが僕らの旅はまだ途中だ。これからやらなければいけないことがある。ロジさんはどうしても必要なんだ。)

 

(ええぃ、面倒だ。お前から先に食らってくれる。)

 

苔は地面から3m程高く盛り上がり、ブッダを一気に包み呑み込んだ。

 

「ブ、ブッダ~。」

 

呻くようにロジがブッダ呼んだ。

 

「ロジさん、一足早くあの世に行っているよ。み、皆によろしく。」

 

その時ブッダを包み込み流れるようにうごめいていた苔の動きが止まった。

 

(お前は恐怖をちっとも感じていない、非常に興味深い。何故だ!?この星のニホンアシは我らに食べられる時にはどうしても恐怖から逃れられないようだった。誰かの犠牲になると立ちはだかっていても結局食べられる瞬間には恐怖から逃れられないようだった。中には直前で裏切り敵前逃亡する見苦しい奴までいた。だが何故お前の心はそれ程までに平穏なのだ。いやむしろ幸福感に浸っている。)

 

(誰かの役にたって死ねるということがどれだけ幸せか、お前には理解できないのか?可哀そうに、僕らにも確かに愚かな奴も居る。臆病な奴も居る。卑怯な奴だっている。でもそれが全てじゃない。僕らを動かす原動力はあくまでも愛だ。それを忘れるな。)

 

(ア、アイ?アイとは何だ!?)

 

(愛とは何か?その答えを探して僕らは短い人生を生きている。それをお前らにそんな簡単に教えられる筈もない。だがな誰かを愛せるからこそ他人の愛を尊重できるんだ。勝手に自分だけ満たされてそれで満足なんて出来やしないんだ。それを僕はこの人生で学んだよ。)

 

(嘘をつけ、この星を支配していたニホンアシも他の惑星のニホンアシも我らネノハエル種族を食い散らかしていた。お前らの作った石の塊で我らの住み家を奪うだけ奪っていった。だから我らはネノハエル種族を代表してアシデアルク種族を滅ぼそうと考えたのだ。)

 

(残念ながら全てがそうではないのだよ、お前の知っている現実は一部にすぎない。我らの星ケララの地上はお前の言うネノハエル種族に明け渡したよ。だがそんな僕らも以前はお前のいうように環境を破壊しネノハエル種族の住み家を奪っていった。だがな僕らニホンアシはそれが自身の身を滅ぼすことになると気づけるんだ。だがその為にも失敗が必要だ。そして人は段階を踏んで成長していける。そしてその失敗を繰り返しても投げ出さず成長を求める為に修行する、それが宇宙の理(ことわり)なんだ。そこに根だの足等の区別は存在しない。僕らは生きとし生ける物は全て共存できるんだ。)

 

ブッダとロジを覆っていた苔が潮がひくようにゆっくりと引いていった。

 

(ニホンアシよお前はあのお方の生まれ変わりなのだな?そのお前が時間をくれと言ったのだな?)

 

(何?僕が誰の生まれ変わりだって?)

 

(まぁよい、済まなかった。見境なくなっていたのは我らの方だったようだ。お前らに時間を与えよう、我らは全体の意識は一部の意識とリンクし、そして一部は全体を支配している。お前らもそうだ。一つの星のニホンアシの意識が高まれば宇宙全体に作用し、我らにも瞬時に届くだろう。その変化の為の時間を与える。もしもお前の言うとおり、アイとやらでニホンアシの持っている習性である他から奪うだけ奪うという生き方が、もしも与える方向に変えられるのなら変えて見せよ。)

 

(そうか、お前にも分かってもらえたか?僕らにはまだ可能性があるんだ。それをどうかこの星から見ていて欲しい。変えてみせるさ、きっとね。)

 

(勘違いするなよ、我らの意識の一部、僅かだが前世がニホンアシだった奴も居る。そんな奴らは皆ニホンアシの習性に嫌気がさしたと言って今生はネノハエル種族を自ら選んで生まれてきているのだ。お前らの星の木にも石にも水にも全てに意識はあり、そしてそれらは全てニホンアシの生き方を過去から現在、そして未来まで見張っておる。忘れるな。)

 

苔の全体意識とのコンタクトは終わったようだ。ブッダはロジに駆け寄った。

 

「ロジさん、すまない、こんなに危険な仕事だとは思わなかった。」

 

「いいんだよ、ブッダ、見事だったよ。意識を失いかけてからは君らのやり取りが私にも聞こえるようになった。私にはそんな能力はないと思っていたが死の間際には不思議な力が働くようだ。」

 

(苔の王よ、時間をくれてありがとう。きっと変わって見せるよ。)

 

ブッダは再度宙を見上げた。

 

ブッダ達は着陸船に乗り込み、苔むした星を後にした。アスカに戻り、皆に報告をしていると先ほどの星雲全体の意識が皆に届いた。

 

(ニホンアシよ、ありがとう。これでこの宇宙も救われる可能性がある。そのチャンスを苔の王にもらった。奴の生きるモチベーションは仲間を切り刻まれた憎しみ、復讐が力の源なのだ。思えば可哀そうな奴よ。だがニホンアシよ、お前ならその憎しみさえ変えられる。そう見込んで正解だった。本当にありがとう。再度ブラックホールを作り、そしてお前らを元の次元に運ぼう、目的とした惑星の近くに位置をセットしたほうがよいか?)

 

(いや、結構だ、僕らは有限な時間の中を生きて居る。そして時間と空間のしばりの中で生きているんだ。だから移動の為に時間を掛けることすら必要なんだ。きっちり元の時空にもどしてくれ。)

 

(そうかニホンアシよお前ならそういうと思っていた。だが余計なお世話かもしれないが、時間だけほんの数年操作をしておく。お前たちの仲間にとってもその方が良いだろう。我らとであったのも必然だ。その我らからのプレゼントだと思って欲しい。では行くがよい。ありがとう。)

 

「あの星の塊が言ったプレゼントの意味は良く分からんが、とにかく無事に元に戻れるようだ。な、琢磨、人生行き当たりばったりでも何とかなるもんだ。」

 

「ほ、本当だなブッダ、でも…。」

 

「お父様はやりすぎよ。」

 

「そうか?ナザレのそういう所は本当にお母さんゆずりだな。」

 

一同は笑いに包み込まれた。

 

「よし、もう一眠りしたら地球に到着だ。よしアスカ出発だ。」

 

 

 完


奇跡の星~冥界への旅編~

前回迄のあらすじ~ ワームホールの暴走を招きケララに飛ばされた琢磨の依頼を受けブッダはあの世に行って大月教授を探してくることになる。
ブッダは琢磨からの依頼を受け肉体を脱ぎ捨て高次元な世界へ来ていた。ブッダは大月教授に会って琢磨の為にケララで肉体を再生し一緒に地球目指して帰還する為に力になって欲しいと願いに来たのだ。

その異次元の世界は本当に異次元の世界なのだろうか?と疑う程に三次元世界と何も変わらなかった。町が有り、道を歩く人も地上と同様に沢山居た。小鳥はさえずり花は咲き、空には太陽も有った。ただ敢えて言うのならそこは地球上のどんな風光明媚な風景にも負けない程の美しい世界だった。

「さてどうしたものか?」

ブッダは道の端に生えている木に寄りかかり腰かけ目を閉じ大月教授に呼びかけた。

 

「おおつきさん、聞こえますか?私はブッダ。おおつきさん、聞こえますか?私はブッ
ダです。」

(駄目だ、大月さんの気配を全く感じない。一度戻ってみるか。)

ブッダは何度か交信を試みたが何も感じられない事を確かめ一度ケララに戻り、琢磨とナザレに高次元な世界には大月教授は居なかったことを伝えた。ただし、後悔の念が強かったり、憎しみの思いに心が満たされていると、死後もこの高次元の世界に昇華せず三次元の世界に縛られてしまう事が有る事にブッダは気づいた。そして再度この高次元の世界にやってきたのだ。

(おおつきさんの波動を感じるんだ。少し集中するか。)
ブッダはその場で座禅を組み目を閉じた。

(これは至難の技だな、宇宙全体から一人の気を探すんだから、少しこの世界の方の力も借りるか…。)

ブッダはすくっと立ち上がり通りすがりの人に声を掛けた。

「すみませ~ん、この辺にお寺でも教会でも何かそういった建物はありませんか?」

「この道をまっすぐ行って最初の交差点を右に曲がった突き当りだ。すぐ分かるよ。」

「ありがと。」

ブッダはぺこりと頭を下げた。通りすがりの方は黙ってにこっと笑い、また歩いて行った。

(ここが教会か…。)

ブッダはそのキリスト教の教会の様な建物にチベット仏教のお坊さんの不似合いな姿で入っていった。

(高次な存在よ、僕に少しだけ力を貸してくれ。ある人と繋がりたいんだ。)

ブッダはこの高次元なこの場所から更に高次の存在の力を借りようとこの施設に来た。そしてブッダはその教会の椅子に腰かけ教会で座禅を組み念じ始めた。

(居た!だが凝り固まっている。僕の声が届くかな、しばらく呼びかけてみよう。)


「おおつきさん、おおつきさん、私はブッダ。」

ブッダは何度も繰り返した。どれくらいの時間がこの世界で経過したのだろう?いや時間の概念がこの世界ではないので何度問いかけたのだろう。大月教授が自分に声を掛けられている事に気づいたようだ。

「天界…よく分からんが私は光に付いていけば良いのだな?」

「はい、ただ魔が差す可能性があります。全ての呼びかけには反応しないで下さい。絶対にですよ。」

「わ、分かったそんな所で道草してる場合ではないのだからな。」

 

ブッダの気配が去ると瞬時に大月の眼前に薄ぼんやりと光る白い球体が現れた。

(これか…。)

その白い球体はゆっくりと天井に向かって登っていった。

「ま、待ってくれ私は空を飛べ…。」

その瞬間に大月は宙に浮かんでいた。白い球体は更にゆっくり上昇し、天井に吸い込まれた。

(わ、私にも通り抜けられるのか?)

大月はゆっくり上昇しながら手を天井に差し出して見た。すると手は天井に消えていた。


(と、通り抜けられるのか。)

次の瞬間に大月と白い球体は地上から100mは有ろうかという高さにふわふわと浮いていた。

(い、いつの間に。)

そして大月と白い玉は、中空に浮かんだ黒い染み、いや染みかと思ったが近づくとそれは黒いトンネルだった。大月は光に先導されながらその真っ暗なトンネルの入り口に立った。

(入るしかないようだな。)

ためらっている大月を尻目に白い球体はふわふわと奥に進んでいった。

(とりあえずついて行ってみよう。)

(しかしここは何処なんだ?空に黒い染みが現れたかと思ったらそれはトンネルで、そこに入ってはみたが何も見えやしない。ただの闇だ。辛うじてあの白い光の玉が有るから歩いていけるが、だが足元だって上を見上げたってただの暗闇の中。そしてここは一体どこに繋がっているんだ。)

「さっぱり見当もつかん。」

大月は誰に語りかける訳でもなく呟いた。それでも光の導くままに大月は歩き続けた。
どのくらい歩いたのか?その時間の単位が地上とは明らかに変化している世界、しかもそこは白い玉以外は暗がり、いや黒しかない世界だった。そんな世界をあてもなく白い玉についていきしばらく経つと大月の周囲がざわついてきた。周りから見られているかのような視線も感じる。

(誰か居る…しかも一人や二人じゃないぞ。)

そんな誰とも分からない人の気配に囲まれながら大月は歩いていた。そんな時その気配から声がした。

「おい、大月!こっちに来い。そっちは地獄だぞ。」

(成る程、これがさっきのお坊さんが言った魔がさすという奴だな。無視しよう。)

大月はそれらの声掛けには反応しなかった。するとその複数の大月の周囲を取り囲んだ者達の語気も変化した。

「おい、大月!さっきから声掛けてんだろ。こっち向け。」

「そっちはやばいぞ。」

大月の周囲はざわつき、最終的には怒号が飛び交っていた。だがそんな騒動がピタリと止まった。

(ん?そろそろなのか?)

そんな時に大月にとっては耳慣れた声がした。

「あなた~!そっちは駄目。帰ってこれなくなるのよ~!」

「清子!」

(何故お前がここに。お前も死んでしまったのか?)

その瞬間大月は声のする方向に体ごとくるり向きを変えた。その刹那大月はそのトンネルの底に引きずり込まれた。

「し、しまった!あれ程言ったのに。」

光の玉から大月の様子を窺っていたブッダにもその引きずり込まれる様子は瞬時に

伝わった。

(あの世界は大月教授の生前の様子から考えれば後悔と自責の世界だ。連れ帰すのに多少骨はおれるが、ま、仕方が無い。行ってみよう。)

ブッダは大月の気を辿った。

(うん、ここだ。)

ブッダは自身の波動をコントロールしその世界の波動に合わせた。

次の瞬間にはブッダはその後悔と自責の念が渦巻く世界に身を置いていた。

(気が重たいな、それはともかく大月教授はどこかな?)


ブッダは目を瞑りここでも大月の気の後を追った。周囲にはだるそうな足取りで何人も歩いている。木も生えているし家もある。空も地面もあるが地上に比較してこの世界はどちらかというと赤、赤い色に包まれていた。全ての地上の色合いに赤をのせたような風景なのだ。

(駄目だ、大月教授の気が掴めない。)

ブッダは行き交う人に声を掛けてみた。

「こんにちは、ね、大月さんて人最近来たと思うんだけど、髭を生やした男性なんだけど。知らないかい?」

「知るか!俺はそれどころじゃねぇんだ。殺した妻を探してて今はその妻に謝りてぇんだ。それより俺の奥さん知らねぇか?」

「ごめん、僕もこの世界に今来たんだ。力になれそうにないよ。」

ブッダはこの世界はこういった方々ばかりなんだなと悟った。また大月教授がこの世界に長く留まればそれだけ地上での自身の過ちを悔いる思いにしばられこの世界から動けなくなる可能性がある。その為にこの世界で探すのにそれ程時間が無い事をも理解した。

(急がなきゃ…、だがどうすれば…。)

ブッダは歩くのを止め、その場にパタンと座った。

(少し気の探り方を変えてみるか…。)

ブッダはその場で座禅を組んだ。すると座禅は組んだままだが、その場でふわっと浮いた。その刹那ブッダの意識体は一気に上空へ弓から放たれた矢の様に急上昇した。

ブッダは上空から大月の気を探った。

(あ!居た。)

その瞬間にブッダは大月の前に立っていた。

大月は土に埋められ顔だけだしていた。

「おや、お坊さん、ここはあなたみたいな人が来るところじゃないよ。自分の世界に帰りなさい。」

勿論大月はブッダと地球で交信はしていたが、ブッダの姿形は知っている訳ではない。

「大月さん、覚えていますか?地球にいらした大月さんを導き狩野さんを地球に帰還させる為の手助けをして欲しいと伝えた坊主です。」

大月は一瞬怪訝な表情を浮かべた。

「ん?それはいつの話だったか?私はもう随分こうして土の中で反省をしているのだが、既に体は土の中で腐敗してしまって土に還っているよ。」

「大月さん、しっかりなさって下さい。あなたはもう死んでいるです。もう体なんて無いんですよ。あなたがトンネルから引きずり込まれるのを見てすぐに駆けつけたつもりだったが、こちらの世界では随分と時が流れてしまっているようですね。ごめんなさい。でもあなたには使命があるのをもう一度思い出しては頂けませんか?」

「はて、使命と…。おお!そうじゃ。狩野くん、狩野くんはまだ元気なのだとあなたは仰った。それは間違いないのだな。」

「はい、その通りです。早くそんな土から出て生まれ変わりましょう。あなたには使命があるのです。土の中で反省している場合じゃありませんよ。」

大月の顔に生気が戻り、大月は決意の固まった表情を浮かべたその瞬間に大月は地上に立っていた。

「さ、参りましよう。」

ブッダは手のひらで大月を上の世界へ案内するかの様に促した。

次の瞬間に二人は先ほどの教会があった場所の近くに立っていた。大月はまだ土の中で朽ちていたイメージが残っているせいか、首から下は骨だけになっていた。

「大月さん、この世界は意識が全てです。肉体は不要です。ですが、あなたのその体を見て周りを歩いている方々が悪趣味なセンスだなと疑いの眼差しで見ていますよ。思い出せますか?あなたはあの研究室で白衣を身に纏っていた。それを思いだしてみて下さい。」

大月は目をつむった。

すると大月の体が変化を始めた。体の周りに靄がかかり、体の周囲をその靄が回転し始めた。するとその靄の向こうには肌色が透けて見えた。そしてその次の瞬間に靄は吹き飛び、大月は衣服をまとった以前の姿に戻っていた。

「そうです。その方が研究者らしいですよ。ただしその姿ももう長くないのです。あなたにはお役目があります。私の星、ケララと云いますがそこで再生し、地球の方角を天体の配置からケララの天文学者に教えて欲しい。そして狩野さんは地球に帰るのです。そのお手伝いを僕はお願いしにこの世界へ来ました。」

「うん、私も思い出して来たよ。私の感覚ではあの世界に引きずり込まれてから永遠とも言える時を過ごしてしまった。そして脳裏をよぎるのは常にその狩野くんの事ばかりだった。どうして彼の研究を助けてあげられなかったか、そればかり考えていた。」

「お辛い思いをされた事でしょう。ですが私に言わせればそれすら必然だったのです。狩野さんは大月さんの髪の毛を実験の為にと提供してもらいましたね。その髪の毛があるからあなたをケララで再生出来るのです。狩野さんが実験で機械が暴走し遠くの

 

星へ転送されてしまった事、その際に髪の毛が狩野さんの所持品に残っていたこと、そしてあなたが憔悴しきって亡くなっていた事、一見不幸な出来事も神のレベルから考えればただの事象に過ぎません、そしてその事象、いわば天の采配には必ず意味があるのです。」

更にブッダは続けた。

「もう死後の世界が眉唾等とは仰られないでしょうけど、一応この世界でのガイドを務めさせていただきますね。この世界に肉体はありません、年もとる訳でもありません。そして今見えているこの世界が死後の世界の全てでも無いのです。ここや先ほど大月さんがいらした自責の念に囚われた方々が集まる世界、このようにこの世界は波動の周波数により階層社会になっています。同じ様な波長の方々が集いひとつのコミュニティーを作っています。そしてこの精神世界での目標はずばり精神性の向上であり、いかに広い視座に立って物を見られるかを修行しているのです。そして肉体を持って生まれる地上の世界はその精神性を向上させる為にそれぞれが目的を持って生誕します。そして有限な時間の中で課題に取り組んでいたのです。そこで大月さん、あなたはまだあちらの世界では役目があったのに自ら食を絶ち命を落としてしまいました。それは先ほど言った通り必然だったのですが、その残ったお役目は狩野さんを導き、あなたの星へ帰らせる事です。そしてその旅には私も同行するつもりです。きっとそれも必然なのでしょう。」

ブッダはここでひと呼吸おいた。

「ではこれから大月さんを私の星、ケララと云いますがそこで肉体を再生します。通常の生まれ変わりでは記憶は抹消されますが、今回は亡くなってからこの世界での事まで含めて全て記憶は残します。以前のままの大月さんで意識がその肉体に入るのです。」

「ち、ちょっと待ってくれ、私が再生するのは有難い話だが、私は赤ん坊のまま地球に帰るのですか?私の知能は幼児並なのですかな?」

「ご安心下さい。私の星ではこういったケースでなくとも肉体再生及び魂の召喚までを普通にやっています。そしてその肉体の再生には加速がつくような培養液と機械があるので大丈夫です。今の大月教授の姿になるまでそれほどの時間はかかりませんよ。」
「そ、そうか。それなら良いのだが、それはともかく早く狩野くんのところに案内してくれ、いやしてくだされ。きっと彼は心細い思いをしているだろう。」

「はい、分かりました。それでは再生する為に一度自我を消し去り、無垢なままの魂にする必要があります。その世界へ参りましょう。」

「それは現世の垢がこびりついているとその記憶が邪魔をしてこの世界にとどめてしまうという事なのか?」

「さすがに飲み込みが早いですね。その通りです。でも再生する肉体が成長し、培養機の中から目覚めた時にはこの時の記憶までしっかりメモリーに入っていますのでご安心下さい。一眠りする様なもんです。」

そして大月はブッダに導かれ、白の世界、真っ白で何も無い世界へ入っていった。

(狩野くん、待っていてくれ、今そちらに向か…。)

大月の意識は薄れ、体は少しずつ変化し最終的には白い球に変化した。ブッダはそれを見届けるとケララへ帰った。

「お父様成功よ、心臓が鼓動を始めたわ。」

「そうか良かった、それじゃ僕は、ここらで失礼するよ、確か今日はお気に入りのドラマがやる日だ急がなきゃ。琢磨、しばらくしたら大月教授をお連れして迎えに行くよ。」

ブッダはいそいそとその場を離れた。培養機の中の大月教授の体は500倍のスピードで成長し、既に人らしい形に成長していた。